スカイブルーのトレジャーハンター
教会の祈りは澄み切った宝石



 トルコに行ってからもう一週間がたった。
 大怪我をした太陽は今も入院中だけど、元気でぴんぴんしている。昨日もお見舞いにお菓子を持っていったらあっという間に一人で食べてしまった。しかも、暴れちゃいけないのに違う病室の男子と殴り合いのケンカをしたらしい。零が呆れながら話してくれた。
 輝には全然会っていないけど、今回の事で元気がないんだって聞いた。ずっと一人で部屋にこもっているらしい。
「怪我させたのはオレが弱いから」
そう言って、暇さえあったらボクシングジムに通っているらしい。空兄の話じゃボクシングジムだけじゃなく、もう十分強い筈の空手も特訓しているらしい。
 ほかにも変な話を空兄から聞いた。
 いつもは一日三回は弾くっていうメタリカの曲を此処最近全く弾いていないらしい。そのかわりにめちゃくちゃ古い恋の歌(しかも洋楽)を弾きまくっているらしい。
 俺が遊びに行った時も、弾いていたのはMaroon5のThis loveって曲だった。古くはないけど、どう聞いたって愛の歌っていうヤツだ。零の話じゃ、Randy VanWamerのJust when I need you mostをピアノで弾いていたらしい。
 絶対におかしい。あの輝がラブソングだよ? 信じられない。クラシックは必ずロックにして弾くのに。バリバリのヘビメタロック人間が、ゆっくりしたラブソングだなんて信じられない。
 太陽は輝が来てくれないとご機嫌斜めみたいで、零に輝の様子を見てきてと頼まれたから俺は輝の家に向かって歩いていた。輝の家の前まで来ると静かなピアノの音色が聞こえた。これって、もしかして輝?
 俺はインターホンを押して、出てきた空兄に挨拶をして輝の部屋に向かって走った。空兄が
「止めてくれ、気持ち悪い」
と言っているので、零の話は本当らしい。まあ、This loveだったら弾いてもおかしくないかもしれないけど、此処まできたらおかしいとかしかいえない。
 俺はドアを開けて、無表情で鍵盤を叩いている輝の肩を揺すった。
「何があったの?」
「サム?」
 魂が抜けたみたいな顔をした輝はピアノを弾くのをやめて俺を見た。輝とは思えないような優しい目をしていた。それは何処か疲れきったような色もしていて、悲しそうだった。
「輝、どうしたの?」
 輝は少し嬉しそうに笑ってから、気を失って倒れてしまった。椅子から落下して、床に倒れてそのまま動かない。
「え?」
 俺はいきなりの事で訳が分からなくて、ドアの前で呆れた顔をしている空兄を見た。やっとピアノの音がやんだよと嬉しそうな顔をして、空兄は輝をベッドに寝かせた。疲れていたのか、輝はぐっすり眠っている。
「何があったの?」
「此処最近、何も食べなくて暇さえあればボクシングって感じだったからさ、疲れて倒れたんだよ」
「何が原因?」
「さあ? 俺よりも親友のサムの方が詳しいと思うよ」
 空兄は部屋を出て行った。
 俺はケータイを出して零にメールを打った。
「これは重症かもしれない」
返事はすぐに返ってきた。
「どうにかしてください、太陽が脱走しますよ!」
 仕方がないから、俺は輝の肩を揺すって起こした。なかなか起きなかったけど、仕方がないから座らせて肩をがたがたと揺すって無理やり起こした。空兄に怒られるのは覚悟の上だ。
「輝、一体何があったの?」
 輝は俺を真っ直ぐ見つめて、顔を背けた。恥ずかしそうに赤くなっている。輝、一体何があった?! 絶対におかしいでしょ?
「……胸が苦しい」
「え?」
「なんか変なんだ、胸が苦しくて眠れない」
 え? 太陽の次は輝が病院行きになるの。もしかしてオスカーみたいな心臓病にでもかかった? 一体何がどうなってるんだよ。
「太陽の事を考えてると変な気持ちになるし、心臓が爆発しそうになるし」
 それって、恋? でもそう考えたら輝がラブソングをピアノで(ロックにアレンジしないで)弾いていた事にも説明がつくんだよね。此処最近おかしいっていうのも、一日十時間睡眠の輝が眠れないっていうのも。
「それって、甘酸っぱい?」
 輝は大人しく頷いた。
「それって太陽の事が好きになったんじゃないの?」
 オレンジ色の髪が揺れて、女子達のいうカッコいい顔が俺を見た。俺の知っている誰よりも強い輝が自分よりも弱そうに見えた。無敵だとか言い張っている太陽と同じで輝にだって弱い所があるのは知っていたけど、こんなヤツだったとは思わなかった。恋一つで其処まで変になれるってある意味才能じゃない?
「え?」
「輝はどうしたいの」
「どうって?」
「そのままで居たいの? それとも彼女にしたいの?」
「わかんねぇ」
 情けない声で輝は俯いた。
 俺は仕方がないから、輝の肩を揺すって
「太陽が会いたいって言ってるよ、行かない?」
と尋ねた。
 輝は少し顔を上げて頷いた。
 病室では太陽が静かにお昼寝していた。大人しい太陽の腕には点滴が繋いであって、ぽちゃんと水が落ちる音が響いている。とても怪我人とは思えないほど幸せそうな顔をして眠っている。
 零がその隣りに座って、幸せそうに笑って本を読んでいる。太陽の文庫本らしい。題名は『ミザリー』だった。何度も読んだ事があるのか、隅は折れたりしてボロボロだった。
「あ、来てくれたんですね」
 零は笑って、本を置いた。優しく笑って、輝を自分の座っていた椅子に座らせて、俺の腕を引っ張った。
「其処にいてあげてくださいよ」
 零は病室を出て、外の椅子に座った。ふわっと髪が靡いて、ちょっと目立つ白のワンピースが膨らんだ。凄く可愛い笑顔を浮かべて、零は真っ直ぐ俺を見た。
「どうしたの?」
「会いたかったんです」
「だったらサムって呼び捨てにしてよ」
「それは出来ません、サムさん」
「なんで?」
「もっといい呼び名を考えているところだからです」
 零は笑って、俺の隣りで笑った。
 俺は少しむっとしていた。いつまで経っても彼氏なのにさん付けで呼ばれてるんだよ? 輝と太陽は呼び捨てなのに、どうして俺だけさん付けのままなんだろう。俺だって、零に呼び捨てで呼ばれたい。彼氏なんだし……。
「早く言い呼び方、考えてよ」
「だからそれまではサムさんです」
 あきらめる事にした。この調子じゃいつまで経っても呼び捨てのままだろうから。本当に俺って零の彼氏なのかな?
「で、太陽はどうなの?」
「あ、また太陽の話をするんですか?」
「駄目?」
「私の事をちゃんと見てください」
 俺はため息をついた。
 いつもこの調子だ。太陽や輝の事を話すと零はそう言って不機嫌になる。嫌だったら呼び捨てにしてって言っても嫌って言い張るし、いつも最後は俺が折れる。彼女なんだったらちょっとは俺の事も考えてほしいんだけど。自分は平気で輝の事を話すんだから。
「ねぇ、零。俺って本当に零の彼氏なの?」
「何を言ってるんですか?」
「いつもそうじゃん、いつまで経っても俺は『サムさん』のままだし、太陽や輝の話をしたら怒るし、本当に俺は零の彼氏なの?」
 零はびっくりした顔をして黙ってしまった。
 やっぱり、俺の勝手な片思いだったんじゃないの。零はいつだって俺の事なんか見ていない。輝と太陽の事ばっかり見ていて、俺だけいつでもさん付けで、抱きしめていても必ず逃げてしまう。俺はいつだって零の中じゃ二番目三番目で、何かあったら必ず後回し。きっと俺の事なんか好きじゃないんだ。
 俺は立ち上がって零を見た。
「零、本当は俺の事なんか好きじゃないんでしょ?」
「そんな事ありません」
「だったらどうして俺の事だけさん付けなの?」
「もっと良い呼び方を考えるんです」
 だんだん泣きたくなってきた。泣かないように必死で零を見つめるけど、零は何処か不思議そうな顔をしている。どうしてそんな事を言ってるのって顔をしている。
「アメリカではね、滅多にさん付けしないんだよ。さん付けするって事は全然親しくないとか、仕事上そうしなくちゃいけないとか、そういう時だけなんだよ?」
 深く息を吸い込んで、俺は落ち着けと自分に言い聞かせる。泣いててどうするんだよ、情けないだけでしょ? そうは言ってみるけど、今にも泣き出しそうなくらいつらい。
「零にとって俺は全然親しくないんじゃないの?」
 俺は其処まで言うと走ってその場を離れた。走ってる最中、情けない事に泣いてしまった。トイレに逃げ込んで必死で落ち着けと言い聞かせるけど、落ち着くどころか涙はどんどん流れて止まらない。
 いつまで其処で一人になって泣いていたのかは分からない。でも、しばらくすると、輝が俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「サム、いるんだろ?」
 どうして俺の事を探しに来たんだろう? 太陽のそばに座ってたらいいのに。俺なんか一人でこうやって泣いていたら良いんだよ、どうせ彼女にさん付けで呼ばれちゃうような人間なんだから。
「零が変だぞ、何したんだ?」
「……ケンカした」
 俺はそう言って、涙を拭った。
「何で?」
「いつまで経っても呼び捨てで読んでくれないんだよ」
 輝がドアを叩いて開けろと強い口調で怒鳴った。輝にこんなふうに怒られた事なんかなかったから、びっくりしてドアの向こうにいる輝をじっと見つめていた。きっと怒っているんだろう。俺がケンカしたから?
「サムはそんな事くらいで零が嫌いになるのかよ?」
「俺じゃなくて、零の方でしょ?」
「ああ、そうかよ。だったら其処でいつまででも泣いてろ」
 輝はそう怒鳴ってから、何処かへ行ってしまった。早足の足音だけが聞こえて、遠ざかっていった。きっと俺の事を殴りそうなくらい怒ってるんだろうな。輝は零の親友だし。親友とか言い張ってるけど、やっぱり婚約者だからお互い気になってるんだろうし……。
 俺はため息をついてまた少し泣いた。

 俺がトイレから出たのは一時間後だった。輝の言うとおり、泣けるだけ泣いて落ち着いてから其処を出て、顔を洗って太陽の病室を覗いた。
 病室には太陽が一人でいた。寂しそうに外を眺めながら、何かをぎゅっと握りしめていた。ガラス越しに外を見ながら、太陽は苦しそうな顔をしていた。
「太陽、零と輝は?」
「帰ったぜ、サムこそ何で零とケンカしたんだよ?」
 太陽はそう言って振り向くと、にっこりと笑った。俺が隣りに座ったら、起こった風で髪が揺れた。そんな髪を太陽は鬱陶しそうに振り払った。
「零が泣いてたぜ、良いのかよ?」
「どうせ俺は駄目男ですから」
 俺は外を見た。元気に遊びまわっている人達がたくさんいる。いつもはあの中にいる筈の太陽にはこの部屋が狭すぎるんだろうなと思いながら、外で仲良く歩いている輝と零の姿を探した。意外とすぐに見つかって、二人は仲良く歩きながら何かの話をしていた。零は楽しそうに笑っていて、元気そうだった。
 別に泣いている事を望んでたわけじゃないけど、もう少し悲しそうな顔をしていても良いんじゃないかと思って、少しむっとした。結局は俺よりも輝といた方が楽しんだってそうは思わない?
「なあ、昔はサタナエルとトレジャーハンターをやってたんだろ?」
「そうだけど、それがどうかした?」
「どうしてトレジャーハンターをやってたんだよ? 昔は仲間だったのにどうしてサムを殺そうとしたりするんだよ?」
「知りたい?」
「当然だろ、今は時間が有り余ってて暇だし」
 太陽はにっこりと笑って、俺の顔をじっと覗き込んだ。無邪気な笑顔で、俺の肩を叩いた。輝がどうしてこんな強いだけの変わった太陽が好きなのか分かったような気がする。
 俺は小さなため息をついて、話を始めた。

 あれはいつの事だったか、よく覚えていない。でも凄くよく晴れた春の日だった。バスに乗って、遠足に行ったんだ。場所はヴァチカン市国。とても綺麗な小さい国だ。観光客がいっぱいいて、凄く不思議な気分になるところだ。たくさんの芸術品がある。
 そこで学校の親友だった賢治とオスカーと俺は迷子になった。
 人は多いし、得意の英会話で話しかけたら追い払われた。どうやら何処かの国の観光客だったらしいけど、英語が分からなかったらしい。仕方がないから、二人であちこちうろうろと走り回った。そこが何処かも分からなくなるくらい、いろんな建物の中を覗いては歩いた。
 俺はすぐに疲れて歩きたくなんかなくなったけど、オスカーが俺の腕を引っ張って歩くから、大人しく歩いた。賢治は迷子になった事よりも芸術品の方に興味があるらしく、一人で観光していた。でも俺の目には広いサンピエトロ広場の美しい美術品なんか目には入っていなかった。ただ、早く先生たちと合流しなくちゃと、それだけしか考えていなかった。
 頭のいいオスカーは地図をじっと見ながら、サンピエトロ広場をゆっくりと歩いて、また俺を引っ張った。弟の癖に凄くしっかりしているオスカーは何も言わずに俺の腕をぐいっと強く引っ張った。
「サムくん、此処何処?」
「サン・ピエトロ大聖堂って書いてるからきっと教会だよ、聖職者だったら親切に話を聞いてくれるよ」
俺がそういうと、オスカーは立ち止まって大聖堂を見つめた。小学生の俺には信じられないくらい大きくて綺麗な教会だった。日本じゃ見ないシスターが、その前を通り過ぎていく。入っちゃいけないような雰囲気もしたけど、でも道を聞かなくちゃ先生達には会えない。
 そして、三人で大聖堂の中に入った。
 中は観光客で一杯で、三人で手を繋いで歩くのもちょっとつらかった。もうすでに疲れていたし、早く先生達に会いたかったしで、ふらふらだった。でも、頑張って神父やシスターを探した。
 その時、おじさんがぶつかってきた。年は若く、髪はボサボサの茶髪で姿は正直綺麗とはお世辞にも言えない。それに変に大きなズタ袋を持っていた。それが何かは分からなかったけど、あとから追ってきた警備員の人達が三重冠を盗まれたと言っているのを聞いて立ち止まった。
 三重冠って言うのは教皇がかぶる物で、大事な儀式の時に教皇の印として使われる。昔はよく使われた豪華な三重冠を盗まれたって事なんだと、そう一瞬で理解した。オスカーがよく言っていたからだ。当の本人も気がついて立ち止まった。
「賢治、オスカー、今のおじさんの顔を覚えてる?」
「覚えてる」
 俺は走ってサン・ピエトロ広場に戻った。
 さっきのおじさんは鞄を車に乗せて、何処かへ行こうとしていた。車は真っ赤なオープンカー。三人でこっそり車に乗り込んで、中においてあった布をかぶった。狭かったし、ちょっと暑かったけど、其処は我慢して、並んでいた。
 おじさんはオレ達の上にズタ袋を放り投げて、車のエンジンをかけた。なかなかかからないから車が悲鳴を上げているように聞こえた。ぶるぶると車は震えていた。そして、たっぷり一分ほどでエンジンは動き出した。
 重いから、俺は少し顔を出して、布の上に置かれたものを見た。布の上に置かれたのは本で見た三重冠だった。キラキラ輝く綺麗な冠で、宝石がたくさんくっついている。小学生の俺にだって分かった。これは本物だって。
 先生達が探しているかもしれないとか、そういう事は一切覚えていなかった。ただ、その三重冠は大事なヴァチカンの宝だってことは分かっていたから、それを追って走ってみるのは凄く楽しかった。
 しばらくしてついたのは、ローマの古いアパートだった。いかにもお化けが出そうな感じで、オスカーが怯えていた。賢治はお化けなんかいないって言い張っていたから、俺は別に怖くなかった。
 車を降りてすぐ、おじさんは俺と賢治に気がついた。かなり怒った顔をしていたけど、俺が英語で
「おじさんが盗んだのは何か分かってる?」
と話しかけると面白そうに笑った。
 オスカーが俺の腕を引っ張って、何も言わないほうがいいと言っているけど、俺はそれを無視した。隣りで冠を抱きしめておじさんを睨みつけている賢治が何かしている。考えがあるのかもしれないと、俺はもっと気を引こうと必死だった。
「そうか、お前は英語が分かるのか?」
「分かって悪い? フランス語もドイツ語も分かるよ」
「ねぇ、サムやめようよぉ、怖いよ」
 すると、賢治が立ち上がってオスカーに冠を押し付けた。そして、泣き出しそうなオスカーを押しのけると、賢治は俺に銃を押し付けて、二丁の銃を構えた。俺よりもずっと背が高かった賢治が、俺に向かって
「サムくんだったらほかの仲間が出てきたらどうにか出来るよね?」
とフランス語でささやくと笑った。
 俺は銃をぎゅっと握ると辺りを見回した。
 おじさんに向かって駆け寄ってきた何人かの男を見て、俺は銃を構えた。俺にはまだ少し重かったけど、でも構えられないような重さじゃない。
 この前習ったとこでしょ? 覚えてるよね? そう自分に尋ねて、深く息を吸い込んだ。大丈夫、やれる。その自信があった。アメリカに行った時にカウボーイのおじさんに習った時は百発百中だったし、何よりそれで褒めてもらえたのが嬉しかったから一生懸命練習したんだ。
 俺は目を開けると右から順番に持っている武器を弾き飛ばして、足元に向かって銃弾を浴びせて近寄せないように必死で引き金を引く。
 オスカーがびっくりした顔で俺を見て、それから賢治の持っている銃を一丁横取りにして、一緒になって銃を撃ってくれた。オスカーは俺よりも下手だけど、射撃の腕はかなり上手い方だから。
「近寄ったら撃つよ、俺達本気だからね」
 俺はそう言って、銃を真っ直ぐ構えた。大丈夫、相手には怪我させていない。やっぱり銃だけは得意かも。
 何処か遠くでパトカーの音が聞こえてきた。俺はオスカーと賢治を見て、銃を放り出すと三人で嘘泣きを始めた。こういう時こそ小学生だって事を利用しなくちゃと、隣りで泣いているオスカーと賢治に抱きついて、声を張り上げた。
 すぐに警官が気づいて俺達を助けてくれた。
 俺達三人は何とか守れた三重冠を預けて、先生達と何とか合流した。凄く心配していたらしかったけど、俺達はそれなりに観光もしたし、泥棒から三重冠を守ったりして楽しんだ。
 それがあってから、三人でトレジャーハンターをはじめたんだ。はじめは遊びや観光目的だったけど、意外と上手くいくようになってからは本気で。
 でも、オスカーの病気が見つかってからはあんまり行かなくなった。オスカーに言われて何度か言ったけど、何を話していいか分からなくなっちゃって。賢治は元々あんまり話さないヤツだったから、凄く静かで寂しかった。
 賢治はその後すぐに引っ越してしまった。
 何度かメールをして、今度は二人でどっちが早く宝を見つけるかって競争しようって話になった。そうすればまた会えるし、オスカーがいなくたってトレジャーハンターが出来るから。
 それはそれで楽しかった。
 二人きりだと上手くいかないけど、バラバラにやってると上手くいくから。それにやっている間、審判をしているオスカーが楽しそうにメールを送ってくる。いつ死んでしまうのか分からないオスカーが楽しそうに笑ってくれてるんだと思うと嬉しかったんだ。
 でもそれも長くは続かなかった。
 いつの間にか、俺と賢治は本当に敵同士になっていて、どんな手を使ってでも先に宝を見つけたいと思うようになっていた。賢治はいつだって大人に頼って俺を足止めしようとするから、俺もそれに対抗出来るように武器を持った。
 オスカーはそんな俺と賢治の間を取り持っていたけど、そのうち何も出来なくなって、見ているだけになってしまった。オスカーはそれが嫌だったみたいだけど黙っていた。
 そのうち、いいライバルだった賢治が敵になっていて、何かするたびに邪魔をするようになった。俺はそれにも対抗出来るように、銃の腕をもっと磨いた。
 命の危険だって感じた。でもやめられない。賢治が見つけた宝は博物館には行かなかったからだ。全て裏ルートで売られていた。俺はそれを止めなくちゃいけないんだ。だから俺は何があっても、トレジャーハンターである事をやめたりしなかった。
 そしてヴァチカンでまた三重冠が盗まれるって事件が起こった。あの時三人で守った筈の冠だ。
 犯人は賢治だった。
 その時すでに”HELL”って組織を作っていて、危険な大人ばかりを集めはじめていた。もうすでに今と同じくらいの規模はあったと思う。まだサタナエルとは名乗っていなかった。
 俺は一人でそんな賢治に対抗しようと必死だった。オスカーに頼るのは嫌だった。オスカーは元々暴力が好きじゃなかったから、俺と賢治の事には文句つけてばっかりだった。
 俺はヴァチカンの政府から前と同じように三重冠を取り戻してほしいと頼まれた。下手に断れるような相手じゃなのは確かだったし、賢治を止めなくちゃ三重冠はどうなるか分からない。この時ばっかりはオスカーも手助けをしてくれた。
 まず、オスカーが賢治の居場所をパソコンで探し出して、一体何のつもりで盗んだのかを見守った。俺はオスカーにパソコンの使い方をその時詳しく教わった。
 どうやら、その三重冠を使って宝探しをするつもりだったらしい。オスカーが通話履歴などから調べ出してくれた。その内容は直接俺宛に手紙が来て分かった。
 手紙の内容はこうだ。

サムくん、どうしてる?
また一緒にトレジャーハンターをやらない?
オスカーも仲間につけて良いからさ、競争しようよ。
サムくんが勝ったら、三重冠は返してあげる。
”教会の祈りは澄み切った宝石”だよ?
じゃあ、またローマで会おうね☆


 俺はオスカーを日本に残したまま、ローマに急ぎで出かけた。平日だったから学校は休んで行った。ちなみに極秘の仕事だったから(ヴァチカン政府からの頼みだし)風邪を引いたって事になっていた。診断書はもちろん偽造だ。
 オスカーは謎を考えておくと言っていたから、俺は黙ってローマに向かった。何処に行っていいか分からなかったからとりあえず観光する事にして、トレヴィの泉に行った。
 トレヴィの泉は凄く綺麗な広場になっていて、其処から後ろ向きにコインを投げると願いが叶うって地元の人に聞いて挑戦した。
 コインの数によって違うって聞いたけど、細かい事は覚えていない。ただ、コイン一つだったらもう一度ローマに来る事が出来るんだって。俺はコイン一つにした。今度来る時はオスカーと一緒だったらいいななんて考えながら、コインを放り投げた。
 コインは中央のポセイドンの像にかつんと当たってからぽちゃんと泉の中に落ちた。高く投げすぎたみたいで、俺が振り向いた時もまだ高い所にあった。でもちゃんと泉に入ったからよかった。
 其処で写真を撮って、オスカーに送ろうと家に絵手紙として送った。In トレヴィの泉って書き添えて。
 その絵手紙をポストに入れている時に賢治に会った。
 賢治は真実の口に手を入れている写真をオスカー宛に送ろう意図していた。本当に手首がちぎれちゃったんだとか言って、どう見ても特殊メイクの手首から先がない腕を見せて笑っていた。
「サムくん、来てくれたんだぁ〜♪」
 楽しそうに笑って、賢治は俺の肩を叩いた。
 何人もSPを連れて歩いているから、下手な真似は出来なかった。本当は絵手紙を踏み潰して賢治をボコボコに殴りたい気分だったけど、やっぱり俺には出来なかった。その時はまだ輝とも知り合ってなかったしね。
 俺は何も言わずに賢治をじっと睨みつけていた。慎重にしゃべらなくちゃ真実の口に手を入れてもいないのに手首から先が無くなってしまう。そうなってしまったら銃が握れないからトレジャーハンターも出来なくなる。俺よりもオスカーが泣くに決まってる。
「ねぇ、謎は解けた? 俺、一応手配されてるからヴァチカンには入れないんだよね」
「オスカーだったら教えるかもしれないけど、俺は教えないよ」
 賢治は笑って銃を抜くと俺のわき腹に押し付けた。
 まだ少し銃口が熱いからついさっき引き金を引いたんだろう。誰に向けて撃ったんだろう。次は俺なのかな? 恐怖を必死で押し殺して
「何処だと思う?」
と尋ねた。
「サン・ピエトロ大聖堂でしょ? それは分かってる」
 深呼吸をして、オスカーが言っていた事をゆっくりと思い出した。本当の事は言いたくないけど、俺は嘘が下手だからすぐに見破られる。だったら始めから本当の事を話すべきじゃないの?
「ミケランジェロのピエタって知ってる? 聖母マリアが死んだキリストを膝の上に乗せている大理石の像だよ」
「で、宝は何処?」
「行かなくちゃ分からない」
 俺は必死で嘘をついて、じっと賢治の顔を見つめた。嘘をつく時はなるべく相手の目を真っ直ぐ見つめなくちゃいけないって、そうオスカーに言われたでしょ?
 賢治は何とかその嘘に騙されてくれた。少し疑ったような顔をしていたけど、何も言わずに今もかぶっているお気に入りらしいシルクハットを深くかぶって、車に乗った。俺は後で行くって言い張ったけど、結局同じ車に乗せられた。
 車に乗っている間、気が気じゃなかったんだよ。隣りに座っているアイルランド訛りの男と賢治に銃を突きつけられて、ちょっとした事で撃たれそうだったんだから。
 ついてからすぐ、賢治は帽子を脱いで金色の長いカツラをかぶって帽子を適当に頭に載せると、眼鏡をかけた。そして俺の頭にブロンドの短めの丈のカツラをかぶせると、趣味の悪いサングラスを俺に押し付けた。
「サムくん、ヴァチカンからの頼みを受けてるって事は顔も知れてるんでしょ?」


「極秘だから大丈夫だよ」
「それでもバレたら面倒でしょ?」
 俺は面倒じゃないしと突っ込みながら、俺は大人しくサングラスを掛けた。あんまり気持ちのいいものじゃないけどカツラを外すと殺されるから、かぶったままサン・ピエトロ大聖堂に入った。
 ミケランジェロの「ピエタ」はすぐに見つかった。
 やっぱり有名だから人がたくさんいて、中にはお祈りしている人もいた。俺は像の前で十字を切ると、お祈りをはじめた。賢治は呆然としていたけど、黙って俺の隣りに経っている。
 オスカーに言われた事を思い出した。優しい笑顔を浮かべたオスカーは父さんの十字架を俺の首に掛けて
「ゆっくりピエタの前でお祈りしてみなよ、目に見えないものだけど、その宝石はすぐに見つかるよ」
と肩を叩いたんだ。その十字架を握り締めて、自分なりの祈りを捧げろってそう言っていたんだ。
 俺は目を閉じて、十字架をぎゅっと握り締めた。
 ふと、その宝石の存在を俺は感じた。近くにしゃがんでいた誰かの祈りを感じたんだ。変だと思うかもしれないけど、その祈りがキラキラと怪しく輝いていた。そう、まさに澄み切った宝石みたいに。
 俺の祈りはその人みたいに澄み切った宝石じゃなかったかもしれない。だって、祈りの内容ってまだ死にたくないだったんだもん。隣りの人はきっと目の前の像のキリストとマリアに祈ってたから澄み切ってたんだと思う。
 賢治は俺の隣りにしゃがむと
「ねぇ、宝は何処?」
と少し怒った顔をした。カツラが少し鬱陶しそうだけど、文句は言わない。バレたら即逮捕だもんね。そりゃあ、当然の事か。
 俺は賢治に笑いかけると
「目を閉じてキリストに祈ってみたら、分かるよ」
とささやいた。言葉で説明しても笑われるのは目に見えていたから。やっぱり、直に宝石を感じた方がいいでしょ?
 賢治は俺の肩を思いっきり揺すって
「何処なの? はっきり言ってよ、教会で死にたくないでしょ?」
と静かに怒鳴る。声を張り上げてもいないのに、怒っているのは伝わったからなんだか凄かった。
「祈りだよ、ミケランジェロもした筈のキリストに対する祈りを感じてみなよ。澄み切った宝石を感じるから?」
「サムくん、からかってるつもり?」
「からかってない、本当の事だよ」
 賢治はあきらめたような顔をして立ち上がった。それが事実だと分かったらしい。だって、俺は嘘なんかついてないもん。全部本当の事だから、嘘発見機に掛けられたって嘘だとはいえない。
 それから、俺の腕を引っ張ってその場を離れると
「約束だから三重冠は返すね」
と呟いた。その声には元気が全くなかった。それもそうだ、透明なダイアモンドだとでも思ってたみたいなんだもん。教会に伝わる凄い価値のある宝石だって。
 残念ながら、俺達が探していた宝石は目には見えない凄く価値のあるものだったんだけど。俺はそれが無駄だったとは思っていない。だってそうでしょ? この世で一番価値のあるものって誰でも持っているものだったりするでしょ?
 賢治は何も言わずに風呂敷に包まれた何かを俺に押しつけた。その場で中身を確認したけど、それは確かに三重冠だった。あの時と同じ、神々しさを感じる冠だった。またあの時と同じように、俺と賢治がその冠を一緒に眺めている。あの時と違うのはオスカーがその場にいない事だけ。
 俺はサングラスとカツラを賢治に押し返すとさっさとその場を離れた。大事な三重冠を抱きしめて、近くの公衆電話に走っていった。其処から教えられた番号に電話を掛けて、そしてヴァチカン宮殿に持ってくるように言われた。
 迷わなかった。
 あの日、うろうろと彷徨い歩いた広場の看板の位置は全部把握していた。どの位置に何があるかくらいはなんとなく覚えている。

 宮殿の門で止められて、俺は訳を説明して中に入れてもらった。当時の枢機卿が出てきて、俺はその人に冠を預けた。仕事は其処で終わり。
 でも、俺は其処にいた偉い人達と少しだけ話をした。でもあんまりよく覚えていない。オスカーに話して始めて、その人達が偉かったって知ったからだ。でも、謎の話をしたんだって事は覚えてるよ。面白そうに聞いていたっけ?
 その語、俺とオスカーには少しだけどとお礼のお金をもらった。俺はそれを全部寄付するって言った。楽しかったから、それだけで満足ですって。
 それ以来、ずっと賢治には会っていなかった。輝とトレジャーハンターを始めたのもそれからすぐだったしね。”HELL"との付き合いは太陽とドイツに行った時まで全くなかったんだよ。

 話を終えると、太陽は目をキラキラと輝かせて
「トレヴィの泉ってどんなの?」
とオスカーに聞かれた時と同じように聞かれた。あの後、オスカーもこんな目をして俺に同じ質問をしたんだ。なんだか懐かしい。太陽って言うよりもオスカーと一緒にいるみたいな気がする。
「凄く綺麗なところだよ、また行けたら良いね」
「おう、なんか美味い食べ物ねぇかなぁ?」
「イタリアはパスタじゃない?」
 にっこりと笑って一人で大騒ぎをしている太陽をじっと見ていたら、なんだか苦しくなってきた。死んだ筈のオスカーは、いつもこんなふうに行った先の話を聞くんだよ。
 死んでからもう五年も経つのに、今も弟の事を引きずっているなんて馬鹿みたいだよね。でも、やっぱり双子だったから、いなくなった時に凄くつらかった。こうやって、太陽を見ているだけで思い出したオスカーの姿だけで今にも泣き出しそうなくらい苦しい。
 太陽は不思議そうな顔をして俺の顔を覗き込んだ。さらさらと髪が揺れて、小さい太陽の手が俺の肩をぽんぽんと叩く。
「サム、どうしたんだよ?」
 ああ、どうしよう。本当に泣いちゃいそう。今の太陽はオスカーにそっくりだ。優しい目にますますつらくなってくる。
「ごめん、ちょっとだけ泣かせてくれる?」
 俺はそう言って、太陽の小さな肩をぎゅっと強く抱きしめて、静かに泣いた。胸がズキズキと酷く痛むから泣いてはみるけど、ちっとも痛みは治まらない。むしろ強くなっていく一方だった。
「サム、大丈夫か?」
 太陽はそう言って俺の背中をさする。太陽の肩は思っていたよりもずっとずっと小さかった。さらさらの金髪も俺の目には滲んでよく分からない。こんなに近くにある筈なのに。
 あの日俺が奪ったオスカーの命はやっぱり間違っていたのかなぁ? あの日、俺がオスカーを殺さなかったら、今こうやって抱きしめているのは太陽じゃなく、オスカーだったのかなぁ? もしかしたら太陽とは出会えていないかもしれない。
 太陽を抱きしめていたら、最近忘れていた筈のオスカーの事をたくさん思い出した。もう瞼に焼きついて離れないオスカーの死に顔や、何かあると必ず泣かせてくれた大きな肩や、オスカーと賢治と俺でやってきたトレジャーハンターの仕事。お揃いだった服や、色違いのスニーカー。全部、吐き出してしまいたい。もう二度と思い出さなかったらこんなふうに泣かなくていいのに。
「ごめん、ごめんね」
 太陽にそう謝って、俺は涙を必死で拭った。でも止まらない。止まってくれない。涙を塞き止めていた筈のダムは完全に崩壊している。今更水門を閉じた所で変わる事なんて何もない。
 どれくらい其処で泣いていただろう。
 俺は零に肩を叩かれて顔を上げた。優しい暖かい手を肩に感じた。始めは誰なのかさっぱり分からなかったけど、真っ黒な髪が見えたから分かった。
「サムさん、何泣いているんですか? 太陽に抱きつくなんて反則ですよ?」
 ちょっと意地悪な、いつもの零の声だった。優しくて、凄く暖かい声だ。どうやら怒ってはいないらしい。殺気も感じない。しかも急に涙が止まった。零の声を聞いて安心したからかな?
「ごめん、零」
 俺はそう言って太陽から離れた。
 太陽はニコニコしながら、俺の背中をバシバシと力いっぱい叩いて笑った。
「サム、『オスカー、オスカー』って泣いてたんだぜ。オレは桜野太陽だっつ〜の」
明るい太陽の笑い声で部屋の中は急に明るくなった。おかげでほっとする。よかった、大丈夫だってほっとした。
「あら、私の事じゃないんですか?」
「おう、零ではないぜ」
 零はその言葉に怒ったのか、俺の肩を凄い勢いで揺すって
「酷いじゃないですか? やっといい呼び方を思いついたのに、もう絶対呼んであげませんっ!!」
と怒鳴った。此処病院なのに……。
 俺は背けると
「いいよ、どうせ俺なんか好きじゃないんでしょ?」
と呟いて、ため息をついた。
 そうだよ、俺よりも輝や太陽の方が大切なんだもん。もういいよ、聞きたくない。聞いたってつらいだけだもん。もうこれ以上泣きたくないよ。
「好きじゃなかったら、どうしてあなたみたいな勉強だけが取り柄の二股男と付き合ってるんですか?」
 零は凄い剣幕で俺に向かって怒鳴った。病院中の視線を感じてる気がする。誰かがくすくすと笑う声も聞こえる。でも零は声を張り上げる。 
「私はそんな馬鹿で銃を持たなくちゃ弱くて勉強しか出来ないけれど、優しくて紳士で素直なあなたに惚れたんです。愛してるって胸を張って言えるくらい好きになったんです。だから私は一生懸命呼び方を考えたんです」
零は俺の肩を強く揺すると、俺の目を真っ直ぐ見つめて
「そんな事を言っているサムさんこそ、私の事なんか好きじゃないんじゃありませんか?」
とそう静かな大きい声で言った。
 辺りはしんと静まり返って、何の音も聞こえない。ただ、零の恐ろしいくらい強い視線を感じる。それはまるで戦っている時の太陽の視線とよく似ていた。そう、あの小さいのに大きく見える太陽の背中と同じ雰囲気だ。
 俺は俯いた。
 とてもじゃないけど零の目を真っ直ぐ見つめていられない。怖い。そうだ、怖いんだ。自分よりもずっと小さい筈の零が怖いんだ。
「サムさん、はっきり答えてください!」
 俺は少し考えた。
 そうだ、俺は零が好きなんだよ。好きだから、呼び捨てで「サム」って呼んでほしかったんだ。ずっと一緒に居たかった。ただの親友なんて関係で終わりたくなかった。そう、友達じゃない関係で居たかったんだ。
 だからあの日、告白したんじゃなかったの? ただの好きじゃないって分かってたもん。親友じゃない、婚約者である輝に嫉妬もした。俺は輝よりもずっと零に近い存在になりたかったんだ。
 零とケンカしたのだってそう、俺は誰よりも零に近い存在になりたいのに、いつまで経ってもさん付けで名前を呼ぶ零にムカついたんだ。嫌いになったんじゃない、好きだからケンカしたんだ。
「ごめん、零」
 俺は零の手をそっと握り締めた。蒲公英町の坂本竜馬の印である、大きな竹刀ダコ(って言うのかな?)を感じる。零の暖かい体温も。
「俺は零が嫌いじゃないんだよ、ただ、呼び捨てで呼んでほしかったんだ」
 零は何も言わなかった。ただ、優しく俺の方を抱きしめて、耳元でそっとささやいた。
「許してあげてもいいですけど、もう絶対疑わないで下さいよ」
「誓ってもいい、絶対に疑ったりしないから」
 それから開いたドアから感じる視線も、すぐそばに座っている太陽の視線も全部忘れて目を閉じた。もう例の事しか頭にない。それでいい、それでいいんだよと俺は零の肩をぎゅっと強く抱きしめた。
 零の柔らかい口唇が当たるのを感じた。零の吐息と、辺りから聞こえてくる声と、きっと天国で見ているオスカーの優しい笑顔も。でもそんなのどうだってよくなった。甘い口付けを交わしながら、本当に大好きな人をぎゅっと抱きしめていられるのなら恥なんていくらでも捨てられる。
 そうだよ、恥知らずかもね。でも恥知らずになれたのは相手が零だからだ。キスされたらそれ以外の事は考えられなくなるくらい愛してる零が相手だからだ……。



Fine.



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