スカイブルーのトレジャーハンターT
       〜平和の鐘に集うもの達〜





オレは鞄から本を出した。机の上に載せてボロボロの表紙を広げて、読みかけのページを広げた。本はひんやりと冷たく、朝っぱらからじりじりと熱いそんな夏休み前の教室の窓際が少し涼しく感じた。
あちこち折れていたりしてボロボロだったけれど、オレにとってはどんなきれいな本よりも大事な宝物の本だったから気にしない。例えスティーブン・キングのサイン入りの本をくれるって言っても、これだけは誰にも渡さない。
「ミザリー」と書かれた表紙も今となっては汚れてくすんでいるけれど、もらった当時はもっときれいで新品同然だった。兄貴の部屋の本棚で見つけた本をねだってようやくもらえた時は嬉しくて仕方がなかったっけ?
親友のサムがオレを見て
「輝、また読んでるの?」
と言った。オレは本から少し顔をあげて頷いた。
サムは小学校の時からの親友で、いつも一緒に居た。黒い髪をショートカットにしていて、背は凄く高い目は深い青色。そう、サムはハーフなんだ。
自慢のお父さんは世界中を飛び回る大きな会社の社長で、あんまり家には帰って来ない。寂しそうにしているお母さんとチェスして遊んでいるってよく話してくれる。その証拠に、サムはめちゃくちゃチェスが上手くて一度も勝てた事が無い。デカイ家にお母さんが一人でサムの帰りを待っているらしい。いつも、窓からサムの姿を探しているサムのお母さんの顔をオレは何度も見ている。
「もっといろんな本を読んだらいいのに、夏目漱石とか面白いよ」
サムはオレの手の中にあるスティーブン・キングのミザリーを見た。何度も読んだから内容どころか台詞まで完璧に覚えている。それでも学校で読んでいる。
「オレは夏目漱石なんて読みません、スティーブン・キングが読めてりゃそれで満足だ」
「単に純文学アレルギーなだけでしょ?」
サムはそう言ってオレの手からミザリーを取り上げて、オレの手に本を押し付けた。題名は「トム・ソーヤーの冒険」だった。
「児童文学だったら純文学でも読めるでしょ、トム・ソーヤーは面白いしね」
「ガキ扱いするなよ。ミザリー返せ!!」
「トム・ソーヤー、読むって約束したらね」
サムはにこっと笑った。オレは仕方がないから頷いた。手の中にあるひらがなだらけの本を見つめて、オレは思わずため息をついた。
「読み終わったら返すね〜♪」
「はあ?」
「文句ある?」
「大有りだよ」
そんな事を言って騒いでいると、ざわつく教室に女が一人入ってきた。先公がその女子を紹介している間、オレはあきらめてひらがなだらけのトム・ソーヤーを読み始めた。でも読んでみると結構面白くて、あっさり物語の中に引き込まれた。
転校生らしい、その女子はオレの一つ前の席に座った。長いさらさらの黒髪が目立つ。良く見ると青いセーラー服で、短いスカート、長い靴下を履いていた。
ちなみに此処、空色中学では肩につく髪は結う事になっている。もっと言うと制服はブレザーだから、セーラー服なんか着ていたらめちゃくちゃ目立つ。
そういえば、オレも結わなくちゃいけない長さって事になってるけどめんどくさいし、注意された事が無いから放ったらかしにしている。気に入らない巻き毛が朝ちゃんと伸ばしてきたのにもうくりんと巻いていた。
サムはホームルームが終わるとミザリーをオレの机に置いて、
「トム・ソーヤー面白いでしょ?」
と言った。オレは頷くと、しばらくサムと話そうと、本にしおりを挟んで机の奥に押し込んだ。
「なあ、スティーブン・キング好きなのか?」
突然そんな低い声が聞こえて、オレは顔をあげた。長い黒髪に大きな丸い目が見えた。窓から入ってくるぬるい風に、長い髪がさらさらと揺れていた。
「好きだけど、どうかしたの?」
サムはそう言って、転校生の顔を覗き込んだ。
「オレ、めちゃくちゃファンなんだぁ。初めてだぜ、同じ歳のスティーブン・キング仲間を見つけたの」
「まあ、あんまり高校生向けでは無いからね」
転校生は次にオレを見つめて
「アンタも好きなのか?」
と言った。長い髪が揺れた。
「他の女子と話したらどうだ? いい友達になれるんじゃねぇか?」
 転校生、どっか行けよと思いながら、オレは本を覗き込んだ。オレは女って人種がバレンタインの時以外は大嫌いなんだから、さっさとオレの目の前から消えて欲しかった。
「無理無理、オレは女なんかとつるんでられねぇよ」
転校生はそう言って、オレの前で辺りを見回した。長い髪がまた揺れた。無邪気なフリして、どうせサムと仲良くしたいとかそんな魂胆だろ?
オレから見てサムは長身で結構がっしりした体格で、深い青色の目と、何処からどう見ても外人の顔が映画俳優みたいに見える。女子の言葉で言うとイケメンってヤツ? そんなサムに近寄って行く女子は多いし、サム自身、結構鬱陶しいらしい。いつも女子とはあんまり口を利かない。オレも女子は鬱陶しい意外のなんでもないから、サムと一緒に無視するようにしている。
 転校生はそんな鬱陶しそうなオレを無視して、嬉しそうにスティーブン・キングを語っていた。サムは不思議そうな顔をしながら彼女を見ている。
「おい、いい加減にしろよ」
オレはそう言って転校生を睨みつけた。大抵の女子は睨んだだけで何処かに逃げてくれるんだけど、転校生は違った。黙ってオレの顔をじっと見つめている。
「オレ、何か悪い事でもしたのか?」
転校生はそう言って、オレの顔を不思議そうな顔を向けた。サムは少し困った顔でオレの腕を掴んでいるけれど、オレはそんなサムを無視した。
転校生はにやりと怪しく微笑むとオレの胸倉をむんずと掴んで
「くりくり頭、いい加減にするのはそっちじゃねぇのか?」
とささやくように言った。教室は一気にしんと静まり返り、転校生の囁く声は教室に響いた。サムが強くオレの腕を引っ張るけれどオレはその手を振り払い、転校生に囁いた。
「オレは目の前から消えろって言ってんだ」
「それは無理だな。オレ、存在感あるから」
ふざけた調子で転校生は言うと、笑った。完全にオレの事を舐めてやがる。今まで舐められた事が無いからむっとする。ケンカには自信もあるし、オレは気にせず転校生に囁いた。
「お前の顔見てるとムカつくんだよ」
「オレもだよ」
 転校生はそう言うと拳をぐっと後ろに引いた。オレはその拳を片手で受けとめると胸倉を掴む手を振り払って後ろに下がった。
掌がじんじんと痛む。かなり重い拳だった。目の前に立っている頭一個分小さい、痩せている細い腕の転校生のパンチだとは信じられなかった。此処まで重い拳、ごっつい体育系の男並みだぜ? こんな細い腕の何処にそんな筋肉があるって言うんだ? それでも転校生は気にも留めない様子でオレに飛びかかってきた。懐に突っ込んでくるって、どんな神経しているんだろうと思って居たら突然体が浮いて、いつの間にか机に突っ込んで居た。
どうやら手加減は無用らしいと、オレは手を抜くのはやめた。自分よりもずっと重い筈のオレを投げ飛ばして机を二、三個ぶっ飛ばすような女に手加減なんかいらない。思いっきりやったって問題ない、久々の強い相手だった。
転校生はにっこりと笑って
「手加減は無用だぜ、本気でかかって来いよ」
とささやくように言った。教室の中は静まり返っていたから、その声はとても大きい声に聞こえたし、教室中に響いていた。
「久々にやりがいのある相手で嬉しいよ」
オレはそう言って、駆け出した。
転校生はめちゃくちゃ強かった。力は互角って所で、やっていて凄く面白かった。型がめちゃくちゃだから次の動きが全く読めないし、空手の技かと思ったら少林寺拳法になるし、本当にめちゃくちゃで、やっていて本当に面白かった。
転校生は一旦喧嘩をやめて嬉しそうに笑って
「お前、本当に強かったんだなぁ」
と言った。オレも思わず笑って
「そっちこそ、女のくせに強いんだなぁ」
と言った。
サムがチャンスとばかりにオレと転校生の間に割り込んで
「ストップ! もういいでしょ?」
とオレの腕を掴んだ。オレは少し顔をあげて、転校生の顔を覗き込んだ。長い髪を振り払って、転校生は笑って
「くりくり頭が目の前から消えろとか言わねぇんだったらやめてもいいぜ」
と言った。オレも
「お前がくりくり頭っていわないんだったらやめてもいいぜ」
と言って、サムの顔を見た。
「お互い、その条件飲むの? 飲まないの?」
 転校生と顔を見合わせて、オレは笑った。
「飲んでもいいぜ」
その声はきっちりそろっていた。

そのケンカのせいでオレのクラスの一時間目の授業は無くなり、オレと転校生はこってり先生にしぼられた。でもまあ、お互い怪我もしてなかったし、仲直りしていたし、あっさり解放してもらえた。
職員室から出ると、ドアの前にサムが立っていた。
「二人とも、オレまで巻き込むなんて酷いんじゃないの?」
「巻き込んでねぇよ、俺達が勝手にケンカしてただけだろ?」
転校生はそう言って、サムの顔をじっと見つめる、漆黒の瞳は強い輝きを持っていた。
「現場についての説明させられたの誰だと思ってるの?」
そう言ってサムはオレの頭を軽く小突くと、
「でも、面白いものが見られたから満足かな?」
と笑った。

その日、一日中三人でいた。
オレは女なんかと滅多につるんだりしねぇから、こんな変わった女も居るんだなぁと思った。
転校生は本と映画がめちゃくちゃ好きで、中でもインディ・ジョーンズが一番好きだとか言っていた。クラスの女子って一日中男の話しているもんだと思ったら、転校生はまるっきり反対で本とか映画の話をしていた。
初めてサム以外に気の合う友達が出来て嬉しかったし、何よりケンカの強い女も居るんだと初めて発見した。まあ、中にはいると思っていたけど、そんな相手と初めてケンカしたからすっきりしたのもあった。
帰り道で初めて転校生の名前を知った。「太陽」って言っていた。オレも自己紹介したけど、記憶力無さそうだから明日になったら忘れてんじゃねぇかと心配になった。

帰り道で太陽と別れてから、オレは方向の同じサムと一緒に帰っていた。田んぼの真ん中を歩きながら、サムは言った。
「今度の仕事、ヤバそうだよ?」
転校生とのケンカですっかり忘れていた。今週の三連休、サムと仕事に行くんだったっけ? テスト勉強なんか忘れて遊ぼうと思っていた事すら忘れていた。
オレとサムは小学生の時からトレジャーハンターの仕事をしている。サムは金持ちの友達との遊びにトレジャーハンターをやっていたらしいけど、途中から本気になるようになって、オレはある時ボクシングの腕を買われて一緒にトレジャーハンターをやるようになった。最近じゃ二人でやっているけれど、昔は結構いろんな人に手伝ってもらっていた。
この前は盗まれた絵画を取り返す仕事で結構な金が入った。もちろんそれは今後のトレジャーハンターの仕事の為に置いておく事にしたんだ。今回はその金で飛行機をチャーターして行く事になると思うんだけれど……。
今回の仕事についてはサムから全く聞いていない。何処に行くのかも、何をしに行くのかも。でもサムは言いたくないみたいだったから詳しい事は聞かない事にして黙っている。
「今回ね、俺の所に挑戦状がきたんだ」
「はあ? 何でそれを言わねぇんだよ」
 俺はそう言ってサムの肩を揺すった。サムは少し鬱陶しそうな顔をして、モゴモゴと
「輝まで危ない目に合うかもしれないから俺一人で行こうと思って……」
とぼそっとささやくように言った。
「何言ってんだよ、サム一人では行かせねぇぞ」
鞄の持ち手に力を込めた。置いて行かれる事がムカつくっていうか、嫌っていうか、なんて言っていいか分からないけど腹が立つ。
サムが危ないとか言うくらいだから相当危ないに違いない。今まで何度も修羅場を越えてきたつもりだったけど、サムにしたら大丈夫の範囲内だった。今回ばっかりは命の保障は無いかもしれねぇって事か、上等じゃねぇかと勝手に心が弾む。
「でも本当に危ない事だし、俺一人で行くよ」
「ダメだ、置いて行ったら貨物室に忍び込んででも行くぞ」
「それって不法入国って言うんだけど……」
「違う、サムについて行くって言うんだよ」
オレはそう言って、空を見上げた。何処かに叩き落されても、ついて行く。そんな危ない所に行く銃と勉強しか取り柄の無い親友を見送れる筈ねぇだろ?
するとサムは
「ドイツ語分かるの? 入国審査、どうすればいいのか分かってる?」
と言った。オレよりも少し背の高いサムはオレの顔を覗き込んで、仕方がないなぁって感じの顔をしてみせた。
「不法入国者にはそんなもん関係ねぇ」
オレはそう言ってサムの手を振り払い、歩き始めた。家はすぐ其処。サムん家も見えている。でもまだ話は終わってねぇ。
「輝、本当に俺なら大丈夫だから」
サムはそう言って、オレの肩を叩いた。優しい目がオレを見ていた。
「サム、親友だったらどうして危ないとか何処に行くとか何をするとか、話してくれてもいいんじゃねぇのかよ?」
サムは黙って頷くと、立ち止まった。近くの公園のベンチに腰掛けて、サムの顔を見た。サムは少し心配そうな顔と言うか、悲しそうっていうか、良くわかんねぇ顔をして俯いていた。
「どうして危ないのかは言えない、輝が危ない目にあって欲しくないからだと思って、これだけは分かってて欲しい」
「わかんねぇよ、オレがいつ危ない目にあったよ? 今までトレジャーハンターに怪我させられた事なんかあったか?」
「無かったけど、今回ばっかりはダメなんだってば」
サムは耳元でぼそっと
「つけられてる事に気付いてた?」
と囁いた。オレはびっくりして辺りを見回そうとしたけど、サムに止められたからやめた。誰につけられているのかが、めちゃくちゃ気になる。
「二、三日前から殺し屋につけれてるんだよ、輝まで巻き込みたくないんだよ」
「じゃあ、頼みがある」
「何?」
「オレを巻き込め」
「だからダメだってば……」
サムは仕方がないなぁと呟いて立ち上がった。オレはサムの寂しそうな背中を目で追いかけた。それで何となく思いついた。
「それじゃあ、太陽も連れてきゃいいじゃねぇか。オレと太陽だったら危なくねぇだろ?」
 オレにしては自信満々だったんだけど、サムは小さくため息をついた。オレの少ない脳味噌をフル活用して考えた案なのになぁ。
「だから俺は誰も危ない目に合わせたくないんだってば」
「親友として言うけど、そんな危ない所に飛び込もうとしてる親友を行かせねぇぞ。オレを連れて行かねぇんなら、とことん邪魔してやる」
今度は大きなため息をついて、サムはオレの顔を覗き込んだ。日本人とは全く違う、深い青色の目が真っ直ぐとオレに向けられていた。
「分かった。太陽が居れば何とかなるかもしれないから、二人でだったらいいよ」
「よっしゃあ!!」
「でも太陽が嫌だって言ったら輝は留守番しててね」
「それでいいぜ!!」
オレはそのままさっさと家に帰った。サムがやれやれと呟いている声が聞こえたけれど、連れて行ってくれるんなら問題ない。太陽なら無理矢理説得して連れて行くし、意地でもサムについて行ってやると心に決めた。

家に帰ると、兄貴が離れの部屋でコーヒーをすすっていた。片手にはシャーペンを握っていて、机に向かって何かをしていた。多分兄貴も勉強しているんだろう。兄貴は医者で、近々何処かの物件を借りて病院を開くんだと言っていた。
兄貴はオレに気がつくと振り向いて
「輝、おかえり」
と言った。
オレとは全く違うストレートの短い髪が軽く揺れた。兄貴もかなり髪はきれいな方だったけど、太陽の髪はその何倍もきれいだった。いいよなぁ。ストレートの髪の人は……。オレは大嫌いな巻き毛を引っ張って兄貴に
「ただいま」
と呟いた。
兄貴が内科の医者になるとか言わなかったらオレは大人になっても楽しくサムとトレジャーハンターやっていられるのになぁと、そう思うとずんと心が重くなる。
兄貴はそんな事を気にも留めず、立ち上がってオレを覗き込んだ。
「どうかしたのか? 元気無いな」
「別に」
オレはそう言って、兄貴の部屋を出た。隣りのオレの部屋に戻ると鞄をその辺に放り出して、スタンドに立ててあるお気に入りのギターを握った。
部屋の中の温度とは違ってひんやりと冷たく、触り慣れた柔らかい木の手触りにほっとする。迷わずギターをアンプに繋ぎ人差し指で電源を入れると弦に引っ掛けてあったピックを握った。ヘッドに書かれた「ギブソン」のロゴが窓から入ってくる木漏れ日を反射してキラキラと輝いた。
音量は最大にして、部屋のドアを閉めた。ストラップを肩に通して、深呼吸をすると、オレは軽く弦を弾いた。アンプからとんでもない音量でギターの音色が響くけど、俺はそんな事を気にせず右腕を振り下ろした。
オレの大好きなチャック・ベリーを弾いてから期末テストの勉強を始めようと思っていたら、ドアが開いて兄貴の怒鳴り声が聞こえた。
「いい加減にしろよ、騒音公害! 勉強は?」
「一曲弾いてから、邪魔すんなよ」
オレはそう言ってまたギターを奏でる。
兄貴がブチ切れてオレの手からお気に入りの「ギブソン」のギターを引ったくった。肩にかかっていたストラップを引っ張って、オレを机に座らせると満足そうに微笑んでギターからシールドを引っこ抜き、オレの肩からストラップを外した。
「兄貴、オレのギター!!」
「勉強してから弾け」
兄貴はそれだけ言って部屋を出て行った。オレはプチンと何かが切れて、ベッドの下にしまっておいた別のギターケース(ちなみに中は安物のエレキ)を引きずり出し、手早くチューニングをするとさっきのシールドに繋いで深呼吸をした。
音は全く違うけど、気分は落ち着く。オレは躊躇う事なく右腕を振り下ろした。

兄貴が部屋に入ってきて、オレにひたすら説教を始めた。オレは兄貴の手から「ギブソン」のギターを奪い返して、ボディをそっと撫でた。焦げ茶色の木の色を見てまたほっとした。
ほとんど飾りでしかないアコギはオレのすぐ隣りでスタンドに立ててあった。兄貴はアコギを蹴っ飛ばし、オレの胸倉を掴んで言った。
「勉強しろって何度言ったら分かるんだ?」
「さあ? 兄貴と違って頭が悪ぃから分かんないね」
オレは兄貴の手をぐっと掴むと曲げてはいけない方向に軽く曲げた。兄貴が手を放すとまずアコギを起こして、傷が無いか確認する。大事なギターを壊されてないかが不安で仕方がなかった。
兄貴、頭は良いけど、ケンカは凄く弱い。体力も無ければ腕の力も無い。医者になるとか馬鹿みたいな事を言っているから、そんな趣味なんだと思いながらオレはギターをそっと撫でた。
それからギターをスタンドに戻して大袈裟に喚いている兄貴の胸倉を掴んで
「頭の悪い弟は手加減も知らないんだよ」
と囁いた。思ったより低い声が出たから満足だった。
兄貴はオレの顔をじっと見つめてからさっさと部屋を出て行った。兄の権限なんてオレの部屋には存在しないからだ。
オレはギターを元の場所に戻して、机に向かった。嫌なもんは嫌でしか無いけれど、それでもしなくちゃいけないんだから仕方がない。
英語の教科書の表紙をそっと、右手でめくった。

翌朝、オレの頭は割れそうなほど痛かった。
いくら夏だからって机に突っ伏して寝ていたら風邪も引くかと思いつつ、何とか起き上がり立ち上がろうとはするけどふらふらして真っ直ぐ歩けなかった。壁にもたれようと手を伸ばしたけど、壁には届かず床に思いっきりこけた。
かなりでかい音をたててこけたらしい。兄貴と家政婦のおばさん達が気がついて部屋に来た。ばたばたと騒がしい足音に耳をすませながらドアにもたれた。
のどがズキズキと痛むし、頭は割れそうだし、平衡感覚は狂っちまってるし、完全に風邪を引いたんだなとオレはあっさり認めて目を閉じた。
兄貴の声が聞こえて、オレは肩に大きな上着みたいなものを掛けられた。重いまぶたを無理矢理持ち上げて兄貴の顔を探すとすぐ近くに兄貴の顔を見つけた。
「輝、お前何やってたんだ?」
何とか答えようとしたけど、声は出ないし、咳が止まらなかった。
兄貴が家政婦のおばさんに何かを言ったけれど、オレの耳には届かなかった。

気がつくと、オレは部屋のベッドに眠っていた。ピアノとギターが見えたから、すぐに分かった。兄貴がピアノのイスに腰掛けてオレの顔を眺めているのが見えた。
「目が覚めたか?」
オレは何とか起き上がって、辺りを見回した。兄貴の他には誰も居なかった。ドアの前に家政婦のおばさんが立っているのがちらっと見えたけれど、オレは黙って兄貴に背中を向けた。
「おい、輝」
兄貴がそう言ってオレの肩を揺すった。オレはその手を掴むと問答無用で捻り上げた。少なくともそうしたつもりだったけれど、兄貴には全然利かなかったみたいであっさり手を振り払われた。
肩を押さえつけられて、ベッドに押し込まれるのを感じた。兄貴がオレの顔を覗き込んで
「大丈夫か? 熱があるんだ、大人しくしてろ」
というと、何かを突きつけた。オレはそれから顔を背けた。家政婦のおばさんがくすくす笑っているのが聞こえたから、兄貴が何かを企んでいるのはすぐに気がついた。
「おい、輝」
「うるせぇ、出てけ」
オレはそう言って兄貴の腕を払いのけると起き上がって、辺りを見回した。
この家に親は居ない。両親は馬鹿だから、先祖の遺産を高級車や旅行につぎ込んで馬鹿みたいに遊んでいる。今何処に居るのかは知らない。兄貴と二人きりで長い間放ったらかしだ。
オレはそんな大人にはなりたくない。あんな大人になるくらいだったらピーターパンを信じてネバーランドにでも引っ越すね。
兄貴はそんな両親の味方らしいけれど、遺産は継がないとか言って、オレに何でも押し付けた。婚約者も遺産も神風とかいう家まで。
オレは兄貴が大嫌いだ。だから兄貴のいう事だけは死んでもきかねぇ。デカ過ぎるだけのこんな屋敷、オレには要らない。サムと二人でトレジャーハンターをやっていられればそれでいいのに……。
兄貴はオレの腕を掴むと無理矢理ベッドに押し倒して言った。
「大人しくしろ」
「その台詞は聞き飽きた」
「いいから黙って口を開けろ」
兄貴はそう言って右手に握り締めた何かをオレに突き出した。視界にちらっと入ったのは体温計だった。
オレは兄貴がなんと言おうと学校に行く。兄貴の顔を必要以上に眺めたくねぇ。サムと太陽のそばで笑っていたい。
兄貴はそんな事を気にも留めない様子でオレの口に体温計を押し込むと、立ち上がって何かを出した。体温計を吐き出そうとして暴れると、兄貴は黙ってオレの額に冷たいタオルを載せた。
「大人しくしろよ、本当はしんどいんだろ?」
「……るせぇ、其処どけ」
兄貴は黙ってオレの手を掴むと、ベッドに押し付けた。
「病院に行こう、だから大人しくしてくれよ」
兄貴はそれ以上何も言わなかった。ただオレの事をそっとしておく気になったらしい。部屋をとっとと出て行った。
今度戻って来た時、兄貴の後ろにはサムと太陽が居た。サムがそっとオレの手に手紙を押し付けたから、オレはそれをそっと布団の中に押し込んだ。
「大丈夫?」
「おう」
「輝、凄いなぁ。楽器弾けるんだ」
太陽はそう、嬉しそうに笑って言うと、ギターをそっと見つめた。兄貴は太陽を不思議そうな顔で眺めていたけれど、オレは兄貴を無視した。
「輝、今日はゆっくり休めよ」
「休む気はねぇ」
「無茶言わないで、大人しく空兄のいう事聞いたら?」
サムはそう言って、オレの肩をぽんぽんと叩くと
「帰りにまた来るよ」
と囁いて、ギターの前にしゃがんでいた太陽の襟首を引っ張った。
「おい、サム?」
「早く行かなくちゃ遅刻するよ」
太陽はオレににっこりと笑って手を振るとサムの後ろを追いかけて走って行った。 二人が帰ると兄貴は笑ってオレの後ろに置いていた、ギターを握って、家政婦のおばさんに渡した。オレが起き上がって、ギターに手を伸ばすと、兄貴はオレの腕を掴んでベッドに押し込んだ。
どうやら、今のオレは兄貴を押し返す事も出来ならしい。いつもは自慢のボクシングの腕でなんとでも出来たのに、今のオレは黙って兄貴の言う事を聞いているしか無いらしい。
オレは大人しく、兄貴のいう通り寝ている事にした。どうしても寝ていたくはなかったけれど、今更暴れたってどうしようもない事はすぐに分かった。

次に目を覚ました時、オレはパジャマのまま車の後部座席にいた。兄貴の背中が見えたからオレは飛び起きて辺りを見回した。
病院はすぐ其処に見えていた。家からそんなには慣れていない、小さな病院だった。夏休み前のこの季節に病院に来るようなヤツ、あんまり居ないらしい。駐車場は空いていた。
そんなに長い間眠っていた訳じゃないらしいけれど、頭痛が酷すぎて座席に倒れ込んだ。兄貴がそれに気付いて、
「輝、目が覚めたか?」
と振り向いた。
車は病院の駐車場に止められて、兄貴は車の鍵を軽く揺らした。身動きは今もほとんど出来なかったから、結局兄貴に引きずられて中に入った。

結局、兄貴の解説によると単なる風邪らしい。クーラーをガンガンにかけたまま、タンクトップとズボンの姿で寝てたのが悪かったらしい。熱が下がるまでは大人しくしていろって言っていた。
先生の話は真面目に聞いていなかったし、意味わかんねぇ単語が山ほど出てきたので分からなかった。兄貴の解説を聞いて初めてよく分かったけど、マジでついてない。今日はサムと今後の事についていろいろと話さなけりゃいけなかったのに。
そんな事を考えながら部屋のベッドに戻されて、オレはサムに渡された手紙の事を思い出した。本当は気分が悪くて何も見たくない気分だったけれど、これだけは見たいと本気で思った。
手紙にはこう書いてあった。
「 輝へ

空兄から輝が熱を出したって聞いたから、あさっての事についての連絡を教えとく。 あさってはドイツに行きます。あえて場所は書かないけれど、太陽と輝は連れて行かない事にしたよ。輝は風邪引いちゃってるし、太陽だけ連れて行って危ない目に遭わせるのは嫌だから。
それから、出来たら考えておいて欲しいんだけど、俺の所に届いた挑戦状に「戦争の絵画は全てを握る」って書いてあった。意味が良く分からなかったから、今の所ゆっくり考えてるんだけど、ドイツに行くまでには答えを知りたい。もし分かったら教えて。
それじゃ、大人しく空兄のいう事をきいて寝てるんだよ?」
完全にサムにガキ扱いされている。親友のくせに、こんな事書きやがって……許さねぇ。意地でもサムについて行ってやる!!
そんな事を考えながら戦争の絵画の事について考えた。多分、戦争の絵画に何かの仕掛けがあるんだろう。何の仕掛けかは分からないけれど、戦争の絵画って何だろう? 思いつくようなものがあんまりない。元々絵画について詳しくもないのに分かる筈が無いか。
そんな時、ふと授業中に見たピカソの絵画「ゲルニカ」を思い出した。ちょうどドイツの戦争に関係してるし、それっぽい。う〜ん、どういう関係で其処につながるのかが分からないから無理かも……。
結局何も分からないまま、オレは目を閉じ、少し眠った。

太陽って何かと凄い。サムがオレに渡した手紙の事を知っていたらしい。ギターを眺めているもんだと思って居たら、太陽は全てお見通しといった顔でサムから手紙の事を聞き出したらしい。
サムはトレジャーハンターの事だけ話したらしいけれど、太陽はまだ隠している事があるとあっさり見破った。おかげでオレとサムは太陽に何もかも全部話す事になった。
でもやっぱり、オレにも隠している事は話さない。オレと太陽がいくら言っても絶対にサムは口を割ろうとしない。仕方がないから、オレは嘘をついた。
「話せねぇんだったら、挑戦状の謎は教えられねぇ」
サムはこれにつられて、渋々全部話してくれた。めちゃくちゃ困った顔はしていたけれど、話さないと教えねぇっていうのは大きかったらしい。
サムはピアノのイスに座って、静かに話し始めた。
「輝にも話した事が無いんだけどさ、昔一緒にトレジャーハンターをやっていた友達が”HELL”っていうトレジャーハンターの組織を作ったんだ」
「”HELL”って今日の朝刊に載ってた、新しく見つかった『泣く女』の絵を盗んだっていう組織の事か?」
太陽は何処からともなく新聞を出して、サムの顔を見た。オレもサムの顔を見たらサムは黙って頷いた。
「その”HELL”のボスが俺の昔の友達なんだ。最近、行方不明になって、何処かでトレジャーハンターを集めてるってきいた。今はサタナエルって名乗ってる」
「サタナエルねぇ」
 太陽はきらっと怪しく目を輝かせて、サムの話に耳を傾けた。何か知っているような感じだったけれど、オレは黙っていた。
「俺が”HELL”に協力すれば、『泣く女』の絵は返すってメールが来てた。発信源は分からなかったし、アドレスは捨てアドだったから使えなかった。そんな犯罪に協力する気は無かったんだけど、今度は挑戦状って書かれた脅迫状が来るし、もうどうにも出来ないんだよ」
サムがそう、悲しそうな声で囁くと、太陽がすくっと立ち上がった。
「いいじゃねぇか、天から追放されたようなヤツ、さっさとやっつけちまおうぜ」
「へ?」
「サタナエルってのは、サタンの事だよ。神の息子でイエスの兄弟、知らねぇのか?」
「普通は知らないと思うよ」
サムはそう言って、太陽の顔を見つめた。
「で、そのサタナエルについて、何か知ってるの?」
「神様にクーデター起こして天から追放されたんだよ、創造力と神々しい姿を奪われて、ヤツは堕天使になったんだぜ」
サムは小さくため息をついて
「そうじゃなくて、”HELL”のボスやってるサタナエルだよ」
と太陽に言った。サムを見つめている太陽は目を丸くして、
「でも、その名前、かなり合ってると思うぜ。地獄のボス、サタンの名前を名乗るなんて、かなりの罰当たりだと思うけどな」
と言った。いつもよりもキラキラと輝く瞳の太陽はめちゃくちゃ嬉しそうに微笑んだ。
「ってか、なんでそんな事を知ってるんだよ、太陽」
「オレ、考古学者になりたかったんだよ。インディ・ジョーンズみたいな」
サムは突然オレの顔を見つめて
「で、謎が解けたんでしょ?」
と言って、ベッドに座ってるオレに詰め寄った。太陽はオレを見て
「その謎だったらオレも何となく解けたぜ」
と言った。
振り向いたサムは太陽の顔を見つめた。オレもほとんどよく分かってなかったから、そんな太陽の顔を見つめた。
「『戦争の絵画は全てを握る』だろ? この場合戦争の絵画はゲルニカ、つまり盗まれた泣く女の絵だ。泣く女のモデルはドラ・マールって名前の女の人で、ピカソより三十歳以上年下なんだよ」
「それで?」
「絵画の握る『全て』はピカソが彼女に残した絵画の事だと思う。ピカソは結構沢山ドラ・マールの絵を書いてる。彼女に残していてもおかしくはない。ピカソは絵画を隠して謎を残した。そう考えられると思わねぇ?」
サムは黙って頷くと、黙って手帳を見つめた。
サムがいつも持って歩いている、赤い表紙の分厚い手帳だ。英語以外の言葉で何か書いてあるけれど、全く読めない。サムはそれにいつもトレジャーハンターの仕事についてメモっている。
オレはすっかり風邪も治ったらしく、起き上がって、サムの顔を覗き込んだ。もうふらふらしたりしない。
「つまり、サタナエルとかいうヤツはその絵画をサムに探せって言ってるのか?」
「多分な、ほとんどオレの勝手な想像だけど」
太陽は満足げにそう言うと、サムの顔を覗き込んだ。さらさらの長い髪がまた揺れた。
「サム、そんな顔すんなよ」
その言葉と同じ事オレも心の中で思っていた。
サムの顔はかなり暗かった。いつもはもっと優しそうで、明るい顔をしているけれど、今日はオレに負けず劣らず顔色も悪いし、いつもとは全く違う悲しそうな顔だった。
サムは黙って頷くと無理矢理笑って、塾だからと帰った。オレと太陽は顔を見合わせて
「何かあるのかな?」
と小さく囁いた。

翌日、完全復活したオレは学校に行って、サムの肩を叩いた。相変わらず暗く沈んだ顔のサムは黙って座っていた。机の上にはいつもの手帳が広げられていて、赤い万年筆を握ったサムがぼうっと空を見ているのが見えただけだった。太陽がそんなサムの肩をぽんぽんと叩いて、ニコニコと笑っておはようと言っても、サムは沈んだ顔で挨拶を返すだけだった。
太陽はそんなサムを見て
「なあ輝、今まであんな顔した事あったのか?」
とオレに言った。
小さい声だったし、サムは心が此処に無いような状態だったからサムには聞こえていない。
「ねぇよ、サムはいつもニコニコしてる」
オレは太陽にそう返し、ふらふらと教室を出て行ったサムの背中を黙って眺めていた。サムはいつも優しく笑っているのに、今までこんな事は一度も無かったのにと思えば思うほど、サムの事が心配になってきた。
ふとサムの机を見ると、赤い手帳が置きっぱなしだった。めちゃくちゃ手帳を大事に持って歩くサムがこんな所に置いて行くとは思えなかったから、オレはすかさず手帳をぱっと広げて一番最後のページを見た。
最後のページには何処に行くのかと、その日付、土地について、ピカソについてとか、とにかく詳しく書いてあった。どうやら次はベルリンに行くらしい。飛行機の時間まで詳しく書いてあったからすぐに分かった。
オレは机の上に広げたままになっていた数学のノートに行き先と飛行機の時間をメモして、サムの手帳を元の場所に戻して、太陽と顔を見合わせた。
大急ぎで教室を飛び出すと、二人で屋上に駆け込んだ。燦々と太陽が照りつけていたけれど、構わず掃除用具入れの影に隠れた。本当は入っちゃいけない所だから、誰もいない。
太陽はオレの手の中にある数学のノートを引きちぎったメモを見つめて
「なあ、二人でついていかねぇ?」
と囁いた。誰もいないのに声は小さかった。
「いいぜ。置いて行かれるのは嫌だからな」
「でもどうやって行くんだよ?」
「其処だよ。不法入国でもするか?」
「それしかなさそうだもんなぁ」
太陽は空を見上げて、
「サムが危ない目に遭うの、放っとくわけにはいかねえ」
と呟いた。オレもそう思ってたから、太陽の肩を叩いて立ち上がった。
「サムを助ける為に行くんだぜ?」
「宝石なんぞに興味はねぇ、オレは冒険に興味があるんだぜ?」
「言っとくけど、生きるか死ぬかの世界だぜ? トレジャーハンターって結構危ない事ばっかりやるからな」
「オレは殺されねぇし、殺さねぇ」
太陽の瞳はとても真っ直ぐで強い、輝きを持っていた。風に吹かれて揺れる髪の向こうで、強く輝くのが見えた。俺はそんな太陽なら信用出来ると、心から思った。

翌日、金曜日だったけれど創立記念日で休みだったから、二人で飛行機の時間よりかなり早めにサムの家を囲っていた。おもちゃのトランシーバーで正面と裏を離れて見はっていると、正面の玄関からサムが大きな荷物を抱えて出てきた。
実は朝から全く太陽の顔を見てなかったから、こっちに出てきたと太陽に連絡してから、出てきた太陽の顔を見てびっくりした。
太陽は短い赤のタータンチェックのスカートに髑髏がでかでかと描かれた半袖のシャツ、古びた旅行用トランクと、それとおそろいの小さいトランクを引きずっている、そんなカッコだった。長いさらさらの髪はいつもと同じように結ってはいない。耳についている大きな輪のイヤリングがめちゃくちゃ目立っていた。おいおい、そんなカッコじゃ目をつけられるぞ……と思いながら、太陽の顔を見つめていた。
「二人とも」
「置いてこうなんて、百万年早いんだよ」
太陽はそう言って、サムと門の前に立ちふさがった。
長い髪が生温い風に揺れて、辺りの空気を一瞬で変えた。夏らしい熱さも、サムの悲しそうな顔も一瞬で消えて、冷たい一筋の風が吹き抜けた。鋭く、強い、でも何処か優しい不思議な風だった。
サムは黙って太陽を見つめてから、オレに気がついてオレの顔を見た。気のせいか、サムの目が嬉しそうに笑っているような気がする。
「来ると思ったよ」
サムはそう言ってすたすたと歩いて行くと、門の前に止まった車のドアを開けた。オレと太陽の手を引っ張ると、サムはオレと太陽を車に押し込み、ドアを閉めた。サムはそれから反対側のドアを開けて入った。
「出て下さい」
サムはそういうと、オレの顔を見つめた。
「ついてくるからには、しっかり手伝ってよ?」
「まかせろって、相棒!」
 でもその言葉は最後まで言えず、誰かに腕を掴まれた。ちくっと痛みを感じてすぐにオレは気を失った。
 
いつの間にか眠っていたらしい。オレはふかふかのベッドの上にいた。
太陽がすぐ隣りのベッドに倒れ込んで動かない。死んでいるのかと思って太陽の肩をそっと揺すると、太陽は意味不明な言葉(多分寝言)を呟いて寝返りをうった。
起き上がって辺りを見回していると、突然
「目が覚めた?」
とサムの声が聞こえた。後ろをみると、サムが兄貴とチェスをしていた。
「兄貴?! なんで此処に居るんだよ?」
「なんでって、チェスをするため」
兄貴はそう言ってオレの顔を見た。さらさらの髪が軽く揺れて、二番目に嫌いな顔(一番は両親だからな)がオレを見た。
「輝、女の子が嫌いだとか言ってなかった?」
「太陽は別なんだよね?」
サムはそう言って、白い駒を一つ前に進めた。
「チェックメイト」
それから太陽の肩を揺すって
「太陽、そろそろ行くよ?」
と言った。まだ寝ている太陽を起こすと、チェス盤見つめて呆然としている兄貴を引っ張って外に出た。
外はひんやりと冷たい風が吹いていた。太陽はようやく目を覚まして、サムの後ろを歩き始めた。
いつの間にかドイツについていたらしい。辺りはドイツ語と古いきれいな街並みでいっぱいだった。まず日本じゃ見られないようなものばっかりが並んでいる。
「で、何処に行くんだよ?」
兄貴はそう言って、免許証を揺らした。何となく、兄貴も居る理由が分かったような気がする。何処でも運転出来る免許(外国運転免許証と国際運転免許証)を持っている。少し前にはクルーザーの免許も取ったばかりだ。
オレはいつも兄貴にその自慢されてばっかりだ。はっきり言ってムカつく。
「手紙にはムゼウムスインゼルに来いって書いていたから其処に」
「何処だよそれ? ベルリン?」
「ベルリンだよ、すぐ近く」
サムはそう言って、さっさと歩き始めた。いつ借りてきたのか、レンタカーがホテルにスタンバイしてあった。兄貴は運転席に座ったから、オレはそそくさ後ろの席に滑り込んだ。サムが少し文句ありげな目でオレを見ていたけれど、黙って助手席に座った。
太陽は黙って外を眺めていたけれど、オレと兄貴の顔を順番に見つめた。
「なぁ、どうして仲悪いんだよ?」
「はあ?」
「兄貴が居るなんてラッキーなんだぜ? 仲良くしたらいいじゃねぇか?」
優しい笑顔でいつもよりも大人っぽい口調で、太陽はオレを見つめていた。強い視線にオレはなにも言えなくなった。
「居なくなってから後悔しても仕方がないんだぜ?」
「いいこと言うじゃん、太陽」
サムはそう言って微笑むと、オレ達の方を見てにこっと笑った。深い青の瞳もオレを見つめていた。

兄貴を車に残したまま車を降りて始めに向かった場所は古びた建造物が山ほどある、大きな町だった。川に区切られて浮かんでいるようにも見える其処がサムの言っていた場所だと分かった。
其処にあった一つの博物館(サムの翻訳によると国立博物館)の出入り口の前にオレ達とそんなに歳の変わらないガキが、ごっつい男と一緒に立っていた。どうやら日本人らしい。ぱっと見て何となくとは思ったけれど、近くで見るとやっぱりそうなんだと分かった。
「サム君、久々だね」
「賢治、早く絵画を渡してよ」
「そんなに簡単には渡せないよ、分かってるでしょ?」
すると突然黙っていた太陽がサムを押しのけると
「何なんだよテメェ、トレジャーハンターなんだったら博物館に宝は返せ」
と言った。長いさらさらの髪が風に揺れて、何人かのドイツ人が振り返った。太陽はそんな物には目もくれず、黙ってガキの顔を見つめていた。
「へぇ、サム君。仲間も連れてきたんだぁ」
 ヤツはそう言って太陽の手を掴むと、にこっと微笑んだ。嫌な感じの冷たい目が太陽をじっと見つめていた。
「用があるのは俺でしょ、二人には構わないでくれない?」
「この子、しばらく貸してくれるなら返してあげてもいいよ」
「何するつもりなのかは知らないけど、友達を危ない目に遭わせる訳には行かないよ」
サムの真剣な顔、久々に見たような気がする。そう思いながら、オレは深く息を吸った。辺りを包み込む、冷たい感覚に意識を集中させる。
太陽がその手を振り払えない筈は無い。あれだけ強くて、振り払えない筈がねぇ。あんな重い拳で殴ってくるんだ、きっと馬鹿力があるんだろうし。
「大丈夫、ちょっと仕事に付き合ってもらうだけだから」
「黙ってたらオレ抜きで勝手に話し進めやがって」
太陽は突然そう言うとガキの手を振り払い、きらっと怪しく輝く瞳で其処に居るヤツらを見つめた。また冷たい風が吹き抜けて行った。
「その仕事について、聞かせてもらおうか」
低い声が辺りに響く。観光客の声に掻き消されて行くけれど、サムもガキも黙り込み、静かな空気が流れて行く。また太陽が口を開いた。
「オレは自分の意志で歩く。誰にも指図されねぇからな」
 ガキが目をきらりと輝かせた。ちょっと危ない目だったけれど、太陽は気にしない。
「トレジャーハンターの仕事だよ、一つだけ訊きたい事があるんだ」
「なんだよ、今此処で言え」
鋭い声だった。いつもの太陽とは思えないような、凄く低くて鋭い声が辺りに響く。近くに居た観光客が立ち止まって振り返る。
「じゃあ、1937年に何があったか知ってる?」
「ナチス・ドイツがゲルニカを空襲した年」
 サムはそう言って、太陽の手を引っ張った。
「だから何だ?」
「じゃあ、ピカソがゲルニカを書いたのは何処?」
「フランスのパリだよ」
サムはそう言うと太陽の腕を引っ張って、オレと太陽を突き飛ばした。オレと太陽は少し離れた処に座り込んでいた。兄貴がオレの腕を引っ張って、車に押し込まれた。窓の外にいるサムを見ると、にっこりと怪しく笑ってウィンクをした。
兄貴は黙ってオレを見つめると、ドアの鍵を掛けた。あせって鍵を開けようとしても鍵は動かなかった。
「おい、兄貴!」
兄貴は無視して、車のエンジンを掛けた。オレは黙ってそんな兄貴を睨みつけた。太陽はオレの腕を掴むと、突然ドアの方に叩き付けた。
「いい加減にしろよ、オレはサムの事を手伝いにきたんだ。こんな所に閉じ込められに来た訳じゃねぇ」
そう怒鳴った太陽の背中をオレはただ黙って見ているしかなかった。オレとケンカしたときもそんな風には怒鳴らなかった。こんなに近くに居るのに、めちゃくちゃ遠く感じた。
「サムに頼まれたんだ。俺も此処からは出さないよ」
兄貴はそう言って、サムの姿を探した。観光客の中に居た筈の黒い髪が何処にも見えなくなっているのに気がついた時には遅かった。さっきまで一緒に居た連中は何処にも居なかった。

「おい輝、サムが誘拐されたってどういう事だよ?」
太陽はそう言ってオレの肩を強く揺すった。長い髪が揺れているのが見えた。兄貴が怖がって部屋から逃げ出しているのも太陽は気がついていないのか、オレを睨みつけている。
「早く助けに行こうぜ、何処だよ?」
「何処って、オレがききてぇよ」
とにかくどうにかしないと、考えれば考えるほど頭がパンクしそうになってどうしていいか全く分からなくなっちまった。
「でもオレ達の顔が連中にバレちまっただろ? 何か手を打ってからいかねぇとサムの二の舞になっちまうじゃねぇか」
オレはそう言って、ゆっくりと考えた。サムだったらどうする? サムだったらどうやって顔を隠す?
「じゃあ、髪の毛染めたらいいんじゃねぇのか? それにサングラス掛けて帽子かぶったら誰かなんてぜってぇわかんねぇ」
太陽はそう言ってにっこりと笑うと部屋の隅にある飾り物のギターを手に取り、オレを見た。
「ストリートミュージシャンのフリして連中の様子探ろうぜ」
飾り物のギターを押し付けて、太陽はさっさと部屋を出て行った。オレ、エレキは弾ける自信あるけど、アコギはめちゃくちゃ苦手なんだよ。あの『じゃかじゃか』が苦手なんだよなぁ。
そんな事を考えながら、ギターを軽く弾いていると太陽が兄貴を連れて部屋に戻ってきた。長いさらさらの髪はいつの間にか陽の光のような明るい金色だった。黒い髪だった時よりも凄くカッコ良かった。はっきり言ってめちゃくちゃ似合っている。
「どうだよ? 似合う?」
太陽はそう言って笑うと、兄貴の背中を押した。茶色の紙袋を出して、微笑んだ太陽は凄く嬉しそうに笑っていた。

「オレ達陽気なトレジャーハンター、どんな時も絆は固い〜♪」
オレは泣きたくなりながらそんなでたらめの歌を歌っている太陽の隣りでギターを弾いていた。苦手なアコギを黙ってかき鳴らしながら、オレは外国人の間からベルリン大聖堂の中をそっと見ていた。
「どんな事があったってぇ〜、仲間と一緒なら乗り越えられるぅ〜♪」
どうやら太陽の歌が気に入ったらしい(マジかよ?)結構な人ごみの中でオレと太陽はベルリン大聖堂の正面でギターをかき鳴らして歌っていた。
兄貴と太陽がパソコンを使いまくって(サムのマックを勝手に)GPSだとかグーグルアースだとかいうのを使いまくって、何とか場所を探り当てた。ありがたい事にサムのケータイの電波がパソコンで受信出来るシステムがあったらしい。オレにはチンプンカンプンだったけど、兄貴と太陽が一晩掛けて見つけ出した。
朝、サムがベルリン大聖堂に向かってるとか、太陽が言い出したから、めちゃくちゃな作戦は決行される事になった。オレはやっと意味不明なパソコンから解放された。 まず、サムのパソコンはリンゴのマークのパソコンだった。しかも画面のメニューは全て英語。パソコンゲームのチェスまで英語でしゃべってるのを聞いた時には頭がわれるかと思った。
やっとの事でパソコンから解放されたら今度はアコギが待ってた。今までトレジャーハンターの仕事をしてきて此処までつらかった事なんて無かったぜ、ホント。
 少し離れた所に止めてある小さなワゴン車から兄貴が降りて行くのを確認すると、オレはますますギターを強くかき鳴らした。染めたばかりのオレンジ色の巻き毛が気になって仕方がない。まさかオレンジに染められるとは思っていなかったから、未だにパニックのままだった。
そんな事に構わず太陽は何処から持ってきたのか青い浴衣に下駄のカッコで大声を張り上げている。こっちが目立てば兄貴は中の監視カメラの映像をちょっと拝借しやすくなるけど、オレまで目立たなくてもいいと思うんだけど……。
ちなみにオレは羽織袴のカッコで太陽の隣りに座っている。しかも下駄。始めは地下足袋と女物の浴衣を突き出された。その事を思えば、下駄と羽織袴の方がかなりマシだけど、最悪な気分に変わりはない。
しばらくして兄貴がワゴン車に戻って行くのを見守ると、無理矢理終わらせて、ギターを片付けた。全く、太陽に付き合うのも楽じゃない。やる事がサム以上にめちゃくちゃだ。サムもかなりめちゃくちゃやるけれど、此処までじゃない。
「戻るぜ、輝」
太陽はそう囁くとギターのケースを引きずってさっさと駆け出した。染めた筈の長い髪は相変わらずさらさらと揺れていた。
オレはそんな太陽の後ろを追いかけて少し遠回りしてからワゴン車に戻った。
「空兄、出来てるか?」
「もちろん」
太陽は兄貴の膝の上のノートパソコンを覗き込んだ。オレは機械音痴だからそんなもん全くわかんねぇけれど、兄貴と太陽はぺらぺらとパソコンについて話し合っていた。はっきり言ってチンプンカンプンだ。
何がデータだ、グーグルアースだ。便利なのかもしんねぇけど、そんな事分かるかっつ〜の。そんな事言っていても仕方がないからオレは黙って窓の外を眺めていた。 オレは羽織袴を脱ぎ捨てて、中に来ていたいつもの白いシャツのカッコに戻った。太陽は相変わらず浴衣姿でパソコンを覗き込んでいる。
「居たぜ、サムだ」
太陽はそう言うとにこっと笑った。オレはノートパソコンの画面を覗き込んで、サムが誘拐についての法律をしゃべっているのを確認した。大丈夫、サムは無事だ。少なくとも殺されてもいねぇし、致命傷になるような怪我もねぇ。
「じゃ、早速行くぜ?」
「いつの間に主導権握ってんだよ、馬鹿」
そんな事を言いながら、オレは太陽の小さな背中を見ながら笑った。純粋で無垢なガキんちょの太陽の笑顔を見ているのが苦しかった。
此処からはトレジャーハンターなんて関係ねぇ。大人の殺し合いの世界だ。ガキだからって容赦しねぇ、そんな血も涙もねぇ大人達の世界だってオレは知っていた。太陽は何も知らない。知らない方がいい、この世界の事なんか。
 ベルリン大聖堂は日曜日の五時半だから閉まる時刻だった。
ところがサム達は出て来ない。其処を押さえようと思ったのが間違いだったと悟ったオレと(浴衣姿の)太陽は門が閉まる寸前に中に忍び込んだ。中はとてもきれいだったけれど、そんな物を見ている暇なんか無かった。
無線(おもちゃだけど)で兄貴に監視カメラの映像を切れって囁いたけれど、兄貴は出来ないと言って大騒ぎをしていた。
「輝、もういいんじゃねぇの?」
 太陽はにこっと笑うと駆け出した。この際警察に捕まろうが構うかよ。警察が来たらあの連中は捕まるし、サムは無事に助けられる。絵画も戻ってくるし、今回の仕事は上出来となる。その他の絵画なんてどうにでもなればいい。
猛ダッシュでサムのいた天井ドームの天辺を目指した。ハンカチの下から覗いていた銀色の銃を思い出すけれど、最悪の展開を頭の隅に追いやって太陽の背中を追いかけた。
其処にはあのガキが居た。太陽を見つけて嬉しそうな顔をしたガキの顔に、太陽は立ち止まったけれどその目から希望が消えはしなかった。
「輝、太陽、何やってるんだよ」
サムの声が聞こえたけれど、太陽はその声をあっさり無視して、ガキの顔を見つめた。
「アンタがサタナエルって訳? オレの親友は返してもらうぜ」
「サタナエルの意味知ってるの? 君の親友はオレの相棒だよ? 切っても切れない仲。分かる?」
オレは意味不明の言葉が並んで行くのを黙って見つめていた。オレ、神話とか詳しくねぇんだけど……。いつも細かい調べごとはサムがやるし、聖書なんか読まねぇし、トレジャーハンターとはいえ、専門は宝石だし……。
「サタナエルは地獄に堕ちたよ。神々しい姿と創造力を奪われて、堕天使となった。アンタはサタナエルじゃねぇ、サタンだ」
「そう、サタンかもね。でもオレがサタンなら、サム君はモーセだよ」
「だから何だよ、聖書だって人間が作り出したものだ。オレはそれがどれだけ不可能に近かろうが一パーセントに掛けて聖書を書き換えてやる。神様なんかくそくらえだ。悪魔が何だ? サタンが何だ? 大切なのは努力だろ?」
サムの顔色が変わった。
サムの事を押さえつけているヤツが一瞬引いたのをオレは見逃さなかった。もうダッシュでヤツに突っ込んで行って、重い拳をくれてやった。それからサムの腕を引っ張って、オレは駆け出した。
太陽はゆっくりと歩き始めた。長い髪が冷たい夜風に吹かれて揺れた。小さな背中はガキに真っ直ぐ向かって行く。
「オレはぜってぇにあきらめねぇ」
恐ろしい殺人キックがガキの鼻に直撃したのを見てオレは顔を背けた。どうやってあんなに動きにくい浴衣でキックとか出来るんだかと思いながら、オレは外に向かって歩き始めた。

何とか逃げ切ったオレ達は証拠隠滅の為に兄貴の仕掛けたコード類を回収して何とか逃げ出した。警察がすぐ近くまで来ているのは分かって居たけれど、教会の中で人を殴っちまうなんてかなり罰当たりだし、天罰が堕ちて警察行きなんて嫌だったからきっちり片付けて逃げ出した。
上手く逃げ切れてもとのホテルに戻ると、サムはポケットから小さな写真くらいの大きさの絵を出した。どう見てもピカソの絵だった。あの独特の絵で、悲しそうな顔で泣く女の人がいた。
「これは?」
「今回の戦利品。これがピカソの残した絵だよ」
「何処で見つけたんだよ?」
「賢治に誘拐されてからいろんな謎を解いたんだよ。ベルリン大聖堂の裏から出てきたんだよ」
サムはそう言うとにこっと笑って
「他の絵も見つけてもいらえたかなぁ?」
と囁いた。
他の絵はサムがベルリン大聖堂まで乗ってきた車の中にあると、サムが言っていた。 とんでもない価値の絵画をHELLの連中は何にしようと思ったんだろう。価値があり過ぎて売れないような絵画をどうするつもりだったのか、オレ達には見当もつかなかった。
 サムはオレと太陽の髪の毛を笑ってから
「似合ってるよ、二人とも」
と言った。
「その頭でテスト受けてよ。先生の反応が楽しみだなぁ」
その後初めて、来週は期末テストだった事を思い出した。マズい、何一つ勉強してない……。まあ、美術のテストには自信があるけどな。
「ヤバい! 来週からテストぉ〜!!!!」
「オレ勉強してねぇ〜!!!」
「二人とも、ちょっとくらい頑張って勉強しなよ」
サムはそう囁いてから、笑った。机の上に置いたままになっているヘアマニキュアの箱を手に取って
「これ、誰の分?」
とオレ達の方を振り返った。優しい笑顔で、オレはやっぱり嬉しくなった。

学校に行くと、まず職員室に連れて行かれた。どうやらトレジャーハンターの事まではバレていないらしい。ドイツの博物館に65000ユーロ(日本円に換算して10075000円)で売り飛ばした時も顔は隠した。(ほとんど無意味だったとは思うけど)その後必死で勉強もしたし、サムが髪を染めたりもしたし、毎日楽しかった。 でもテストはボロボロだった。サムにかなり教えてもらったから、数学と理科は出来たと思う。でも国語と社会は最悪だった。ほとんど白紙に近い状態で出したから。
太陽は国語意外全部がヤバいと言っていた。太陽、本が好きだからか、国語のテストだけは出来るとか言っていたけれど、あんな馬鹿がそんな事出来るとは到底思えなかったからテストが返ってくるまでは信用しない事にした。
そして今日、やっとテストが返ってくる。オレのヤバいテストの山はほとんどが三十点以下の兄貴には到底見せられないテストばっかりだった。
それに対してサムはまた学年トップだったらしい。一体いつ勉強したんだと疑いたくなったけれど、今回は八十点が多かったからとかなり落ち込んでいた。それの何処が悪いのか、オレはサムに何度かきいたけれど、サムの普段の点数に比べたらかなり悪い方らしいとしか分からなかった。ちなみに数学だけは満点だったとか言って喜んでいた。
そして信じられない点数を打ち出したのは太陽で、国語のテストが九十九点だった。サムよりもかなり点数が上で国語のテストだけは学年トップだった。ちなみにほかの教科はオレ以下で、かなり悪かった。
サムは太陽に国語のテストで負けたのが相当悔しかったのか、めちゃくちゃ元気が無かった。でもやっぱり、オレ達三人共通で良かった美術のテストだけは兄貴にも見せられる気がした。
そうそうドイツから帰ってから、久々に兄貴と晩ご飯を食べた。いつも一人で誰もいない部屋で寂しく食べてばかりだったから、少しだけ素直にいろんな事を話せた気がした。
オレが爆音でギターをかき鳴らしても怒らなくなったし、朝から晩までピアノを弾きまくっても文句を言わなくなった。時々部屋に入ってきて、クラッシックを弾けとか言われる。
オレはそういう時いつも目を閉じて、小さくお祈りするようになった。「何処かで行きている筈の兄ちゃんにもこの音色が届きますように」と。

「おい輝、ギター弾いてくれよ」
オレの部屋で会議をしている最中に太陽は言った。
相変わらず染め直すのが嫌だとか言って、太陽は金髪のままで居る。サムもオレも、この色が気に入ったからと黒に戻すのはやめた。
サムの深紅の髪はなかなかカッコ良くて、オレは凄く好きだ。サムらしいっつ〜か、似合ってるっていうか、何とも言えねぇけれど、サムの髪は前よりも良くなったと思う。もう誰もサムの事を日本人だとか思わないだろうなとオレは思った。
「本当に困るなぁ」
 サムはそう言って、ノートパソコンから顔をあげた。あきれた様子で、パソコンの画面を見つめている。
「どうかしたのか?」
太陽はそう言って、パソコンの画面を覗き込んだ。
オレも見たけれど、其処に並んでいる文字は全てアルファベッドだったからあきらめて見るのをやめた。太陽もそうだったらしい、目を逸らしてギタースタンドの後ろに逃げ込んだ。オレもそうしたかったけれど、太陽ほど小さくねぇからそんな隙間には逃げ込めねぇ。
「そんなもん見たらシックハウス症候群になるじゃねぇかよぉ〜」
太陽は泣きそうな顔をしてオレの宝物のギターを撫でた。そんな仕草を見ていると自然と笑えてくる。こういうのを青春て言うのかな?と何気なく考えていた。
いつぞや駅前でギターを教わった兄ちゃんからもらった大事な宝物だ。名前は決して教えてくれなかったけれど、そんな兄ちゃんと良く似た優しい音色のギターだった。 「オレ達の事、警察にばらしちゃった……。スカイブルーのトレジャーハンターって呼ばれてるみたい……」
「なんじゃそりゃ? オレ達、空色中学のトレジャーハンターって名乗ったと思うけど」
「マスコミがおもしろがってそんな名前をつけてるんだよ。マズい、賢治とか他のトレジャーハンターに目をつけられちゃうよ。しかも、ベルリン大聖堂の監視カメラに後ろ姿が写っちゃってるし」
 サムが珍しくパニクっているのを、オレは笑って眺めていた。自信満々の太陽の大きな瞳がサムを見つめて笑っているから、心配なんか全く要らない、そんな気がしたんだ。
「いいじゃねぇか、かかって来いってんだ」
「はあ?」
「そんな連中、オレと輝がやっつけてやるよ。オレ達はスカイブルーのトレジャーハンター、そしてオレは無敵の桜野太陽だぜ。そんなもんちょろいちょろい」
「そうだよな!」
オレはそう言って太陽の肩を叩いた。太陽が深く息を吸って
「オレ達陽気なトレジャーハンター、どんな時も絆は固い〜♪」
と歌い始めた。オレは笑ってギターを手に取ると
「どんな事があったってぇ〜、仲間と一緒なら乗り越えられるぅ〜♪」
と歌った。あきれた顔でサムがオレ達を見て居たけれど、やがて一緒に歌い始めた。 「スカイブルーのトレジャーハンター、空色中のトレジャーハンターさ♪ 無敵のオレ達スカイブルートレジャーハンタぁ〜」
初めて本当に親友が出来たんだ。バカな事も、コイツらとだったら出来るし、胸を張って親友だって言える。そんな連中だから、オレは胸を張って言えるんだぜ。
「オレの名前は神風輝、スカイブルーのトレジャーハンターだ」と。


        Fine.



55 STREET / 0574 W.S.R / STRAWBERRY7 / アレコレネット / モノショップ / ミツケルドット