漆黒の翼を持つ男




俺は城だ。
昔は貴族とか、金持ちが住んでいて毎晩舞踏会を開いていた、
薔薇の咲く庭のある城だった。
広い踊り場でガラスの靴を落したシンデレラだっていたけどさ、
俺はその王子様と呼ばれ得る男が趣味に合わなくて、早く出て行けよと思っていた。
たくさんのシャンデリアが輝く大きな広間も、今は蜘蛛の巣がたくさんかかっていた。
俺はいつも昔を思い出す。
どうか、昔の輝きを取り戻せないだろうかと。
俺は黙って空を見上げて小さくため息をついた。
今は誰も俺の中で暮らしていない。
暮らしている者と言えば蜘蛛とネズミくらいなもんだ。
今更どうにもならないけれど、せめてもう一度だけ、
俺を美しい城だと言ってくれる人はいないだろうか。
俺は黙って深い森の奥から遠い街を見ながら黙ってたたずんでいた。

ある日、俺の城に漆黒の翼を持つ男が来た。
何かと思って男を見ていると
「美しい、ココに住もうか」
と男はつぶやいた。
男は漆黒の翼を羽撃かせて俺の周りを一周してから、
ドアの頃まで降りて行ってノックをした。
俺は黙ってドアを開けてやると、男は嬉しそうに微笑んで中に入ってきた。
男はまず、城中の掃除をした。
廊下も部屋もシャンデリアもピカピカになるまで磨いてくれた。
どうやら俺の事が気に入ってくれたのか、
ただ、きれい好きなだけなのか、
男は部屋中を磨ききるまで休む事さえしなかった。
男はその日、ひたすら掃除をし続けて、夜遅くにようやく眠った。

翌日、男は手紙を出した。俺は見ていたのだけれど、どうやら女宛らしい。
男の翼がジャマで見えなかったけど、遠い街に宛てた手紙だった。
男は窓の近くにいた鳥を俺の中に招き入れ
「やあ、元気だったかい?」
と言って手紙を渡した。
「頼むよ」
ヤツは優しい声でそう言って、鳥を見送った。
あの鳥がいたい何をやってるのか、俺には良く分からなかった。

男はそのまま俺で暮らし続けた。
男は無口だったが、時々唄を歌っている事があった。
低い声で楽しそうに唄いながら、男は笑っていた。
男の唄を聞いていると、俺は嬉しくなった。
いつかの舞踏会を思い出して、俺は懐かしく思っていたが、
男は何も考えていないようなつまらなそうな顔をしていた。
男はずっといてくれた。
時々掃除をしてはため息をついて遠くの空を眺めていた。
何を考えているのかは分からなかったけれど、とても悲しそうな顔をしていた。
俺は黙って男の背中を眺めていた。
ってか、俺は城だから話す事も出来ないし、何かしらの意思表示も出来ない。
お化け屋敷顔負けのヤバさの俺をかなりきれいにしてくれたこの男には感謝するしかない。
だけど、俺は男を雨や風から守り、安心して眠れる場所を提供する事しか出来ない。
男に感謝の言葉ひとつ言えない、自分にただ腹が立つだけだった。
男はある日、酒を飲みながら泣いた。
満月の夜だった。
風も吹かず、雲も一つもない星のきれいな夜だった。
男は翼をだらりと垂らして、ぽろぽろと涙を流していた。
なにをそんなに悲しんでいるのかは分からなかったが、
男は手紙の女の事を悲しんでいるみたいだった。
どうやら俺には分からない事で泣いているようだった。
俺は男が少しでも早く元気になるようにと、信じた事もない神に祈った。

その翌日、漆黒の長い髪に同じ色の翼の女が鳥と一緒に男を尋ねた。
女は楽しそうに笑っていて、男は凄く嬉しそうに笑っていた。
一体なにをしているのかは分からなかったけれど、
男は女と並んで話ながら酒を飲んでいた。
男は言った。
「俺はこれからはずっとココにいる。
だから、旅が終わったら戻って来てくれないかな?」
「私の旅は終わらないかもしれないのに、
戻らないかもしれない人を待ち続けられるの?」
女はそう言って、男の顔をじっと見つめた。
「待つのはつらいさ、それでも君を信じている。」
男はそう言って悲しそうな微笑みを浮かべた。
女は優しく笑って
「そんなあなたなら信じられる。
いつかきっと生きて戻ってくるから、それまで待っていてね」
と言った。
俺にはその意味が分からなかったが、
は「センソウ」で怪我を負い、戦えなくなった「ヘイシ」らしい。
女は今もその「センソウ」の中で戦っていると言っていた。
男はつらそうに笑った。
「俺も怪我をしなかったら、君と天使狩りの旅を続けられたのにな」
「仕方がないわ、でも、帰りを待ってくれる人がいると心の支えになるモノよ。
今だけでいいから、嘘でもいいから待っているって言って」
「待ってるよ、永遠に」
女はそのあとすぐに出て行ってしまった。
男はひっそりとまた泣いていた。
悲しそうに涙を流しながら声をあげて泣いてしまった。
そのあとすぐだった、純白の翼を持った男達が俺の周りを取り囲んで男に向かって
「そこにいるのは分かっている、悪魔」
と怒鳴った。
男達は俺に向かって爆弾を投げつけた。
俺は思わず叫び声をあげたくなったが、声なんてモノが城には存在しない。
何しろ人間みたいに声帯がある訳じゃないから。
そして俺と男は一緒にバラバラになった。
俺は最後に小さく祈りを捧げた。
    


     どうか、この男が死の安らぎを受けれますように・・・



           Fine.








       
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