∞魔族の王子はナルシスト∞
          桜井もみじ☆



  0、全ての始まり


俺はカレニー・ヴェルスコット。
魔界に住む、魔族の第二王子だ。とはいえ、兄は事故で死んだから、ほとんど第一王子のようなものだ。成人式(二十歳の誕生日)のあと、俺は魔族の王、魔王になる事が決まっている。
そんな俺はめちゃくちゃイケてて、カッコいい。救いようがないほど頭が悪くて数学と魔法のテストはいつも必ず赤点だけど、そんなちっぽけな事はカバー出来るほどカッコ良くて、イケてる。
皆はいつも
「そんな事は絶対にない」
と言っているが、本当は俺が羨ましくて、嫉妬しているに違いない。だって、こんなにカッコいいんだもん、俺。
こんなにカッコいいのに今まで一度も告白された事はないし、告白した事もない。その結果彼女もいない。そんな状態のまま、とうとう十六歳になった俺は婚約者を決める事になった。
親の決めた相手は生理的に絶対無理だった。ブッサーイク姫って名前なんだけどさ。一応、魔法使いの国のお姫様だから、こんな事をいうのはマズいけど、名前の通りブサイクなのだ。
だって、ショートカットのでっかい顔に似合わないブロンドの髪、牛みたいな巨体。鼻は豚のように大きく、メタボリックシンドロームを十八歳の時点で発症しているのに、痩せる気は全くない。油が浮かんだ頬には大きなにきびが沢山出来ていて、本当に毎日顔を洗っているのかと疑いたくなる。
しかも、年上の女だ。俺は絶対に年下か同じ年じゃないと嫌だ。
そして、会う度に俺の事を
「ロースハムにしたらおいしそう」
とか、
「あなたと結婚したら、私は幸せに暮らせるわ」
とか言っている。
 この女、俺の「権力」にホレているのだ。俺自身じゃなくて、「次期魔王」って肩書きにしか興味はないのだ。今ですら妊娠しているのかと疑いたくなるような腹に、脂肪を増やす事しか考えていないのだ。
だから、俺は親に条件を出した。

“これからの一ヶ月で彼女を作る事が出来たら俺はその子と結婚するが、出来なかったらブッサーイク姫と結婚する”と。
 

  1、カレニー・ヴェルスコット


それから三十日経ったが、魔界で彼女は見つからなかった。仕方がないから、俺は人間界を映す鏡を覗いていた。
魔界の女の子は皆、俺なんかと結婚するくらいだったらアンコウと結婚した方がマシだとか言って、誰も相手してくれなかった。心の中では俺の事が好きで好きで仕方がないんだろうけど、中には外見じゃなく、中身がダメって人もいるだろうからと、俺は追求しなかった。ああ、俺ってなんて罪な男なんだろう。
だから、人間界の女の子にしようと思ったのだ。
人間界の女の子と仲良くなれば、魔法の事とかお金目当ての腹黒な子ではなく、ちゃんとした女の子を見つける事が出来ると思ったのだ。親との約束には何処の世界のって条件はなかったし……。
そして、たまたま見つけた女の子に目を奪われた。
生え際が黒い、金髪の女の子だ。さらさらの髪で、大きな目をしている。短い茶色のスカートに白いブラウス、雪みたいに白い肌の女の子だった。ちょっと派手だけど凄く可愛くて、優しそうな顔をしている。この子とだったら仲良くなれそうだ。
「この子に決めた♪」
俺はそう決めて、急いで人間界へ乗り出したのだった。

人間界に降り立ったはいいが、此処が何処か分からなかった。俺は肝心な事を忘れていたのだ。それこそ、天才的なまでに完全に。(まぁ、俺ってカッコ良い男の天才でもあるけど)
忘れていた事はかなり多い。地理が苦手だから、地図は全く読めないし、魔法がヘタだから翼を隠す魔法は使えない。しかも、俺は人間界の文字を読めない。言葉は同じだからしゃべれるけど。
仕方がないから、唯一マトモに使える体を透明にする魔法を使い、こそこそと大きな建物の屋上に上がった。此処にあの子はいる筈。 女の子は其処で眠っていた。
此処が何をする為の施設なのかは分からなかったが、少なくとも人の家では無さそうだ。彼女を見ている限り、此処は昼寝の為の施設らしい。人間って、変なものを作るんだなぁっと思いながら、俺は彼女の前で魔法を解いた。
「初めまして」
俺はそう言って彼女の顔を覗き込んだ。自慢の黒髪を右手でカッコ良く払い、にっこりと笑った。どうだ、俺ってカッコいいだろっと事前に練習して来た笑みを浮かべる。
「アンタ、誰? 此処が何処だか分かってる?」
 彼女は危ないものを見るような目で俺を見つめて
「悪魔のコスプレだったら秋葉原に行って」
と、また元の昼寝の体制に戻った。
「『こすぷれ』って何? 『あきはばら』って何処?」
「馬鹿じゃないの?」
彼女はようやく起き上がり、俺をじっと見つめた。
鋭い、鬼みたいな怖い目をしている。可愛い顔をしているのに、こんな顔をしていたら台無しだ。どう見たって俺に釣り合う美人なのに……。
「アンタ誰なのよ?」
「カレニー・ヴェルスコット、よく俺が馬鹿だって分かってね」
 俺はにこっと笑って、彼女の顔をじっと見つめた。彼女はもっと怖い顔をして俺を睨みつける。こんな子だとは思っていなかったら、少し怖かった。それでもめげずに笑顔をキープし続ける。
「ムカつくんだけど、消えてくれない?」
「ヤだ、彼女になってくれるまで消えないぃ〜♪」
「ナンパなんか、学校でしないでくれる?」
彼女は俺の背中の翼を掴むと思いっきり引っ張った。ズキンと関節の外れるような嫌な感覚がして、自慢の漆黒の翼から羽根が抜けるのを感じた。髪の毛と同じで、無理矢理抜くと凄く痛い。
「痛い、やめてよ。空を飛べなくなっちゃうじゃん」
「黙れ、コスプレ男!」
「やめてってば、痛い」
彼女はしばらくすると引っ張るのをやめて、俺の背中を見つめた。俺はやっとの事で解放されて、ほっとした。まだ少し痛い翼をちらっと見てから、彼女を見た。
「その羽、どうやって固定してるの? 瞬間接着剤?」
「これはちゃんと生えてるんだよ、手や足みたいに」
「ちょっと、上着脱いでみなさいよ」
「ヤだ、寒い」
彼女は俺をいとも簡単にねじ伏せると、お気に入りの黒のカッターシャツをめくって背中を見た。ひんやりとした風に背中を撫でられ、鳥肌が立った。寒いからと暴れると、彼女は俺を放してくれた。
「ねぇ、アンタ一体何者?」
「カレニー・ヴェルスコット、魔族の第二王子」
彼女は力なく座り込むと突然、気を失って倒れた。ごつんと頭を固そうな地面に打ち付けた。
「え? ちょっとぉ」
俺は急いで気絶している彼女の肩を揺すった。本当に彼女と仲良くなれるのかなぁと、凄く心配になった。ブッサーイク姫と結婚しなくちゃいけないのかなぁ、俺。

彼女が目を覚ましたのはそれから三分経った頃だった。
何度か瞬きをして、俺の顔を見つけた彼女は凄い勢いで飛び起きた。鬼でも見ているかのような顔をして、じりじりと後ろに後退りながら彼女は俺を見て
「ねぇ、悪魔なの?」
と突然言った。
 疑うような目つきと、冷たい口調。俺のイメージと少し違うなぁと思った。もっと優しそうな子だと思ったのに……。
俺は黙って頷いた。彼女の顔をじっと見つめて、これが最後のチャンスなんだからと言い聞かせる。
彼女は眩しそうに俺を見ている。何処か疑っているような表情だ。絶対、俺を魔族の第二王子だって信じてない! まあ、魔族って事すら信じられないだろうけど。
「悪魔だけど……」
「何しに来たの?」
「彼女になって欲しいから来た」
彼女は俺の肩をそっと叩いて
「じゃあ、魔法使って見なさいよ、使えたら悪魔だって認める」
と厳しい表情で言った。
俺は仕方がないから、近くにあった大きな水の入った容器(あとでバケツと言うのだと教えてもらった)を浮かせる超初歩的な魔法を使った。絶対に失敗しないようにと真剣にやり過ぎて、魔力をほとんど使い果たしてしまった。
でも、彼女はそれで簡単に俺を悪魔だと認めてくれた。悪魔なら全員が魔法が使えると思っているみたいけど、悪魔だからって、全員が魔法を使える訳じゃないのになぁ。中には俺よりも魔法が苦手な奴もいるし……。
「名前は? 仲良くしようよ」
「木野葉樹、面白いから少しだったら付き合ってあげてもいいよ」
「よーじゅかぁ」
俺は笑った。
やったぁ、名前を教えてくれた! 付き合ってもいいって言ってくれているし、これってちょっと運命的じゃないか? 俺がカッコいいからかなぁ、やっぱり。
「その羽は消せないの?」
「俺、全く才能がないからそんな高等魔法は使えないよ」
「だったら見えなくなる魔法は?」
「さっきので魔力は使い果たしちゃったから、しばらくは使えないよ」
 よーじゅは軽蔑の眼差しで俺をじっと見つめると、ため息をついた。俺、何か変な事を言ったのかなぁ? きっと、俺のカッコ良さに見とれてのため息だとは思うけど……。
「他の女の子、探しなさいよ」
 よーじゅは冷たくそういうと、俺を突き飛ばした。俺はしりもちをついたけど、立ち去ろうとするよーじゅのスカートを引っ張って必死で言った。
「そんな事言わないでよ、明日までに彼女を作らなかったらあの女と婚約させられちゃうんだから」
 あのブッサーイク姫となんか絶対に結婚したくない。死んでもヤだ。何が何でも、あんなのだけはお断りだ。誓いのキスで俺のファーストキスを捧げたくないランキング第一位なのに。
「はあ?」
「一ヶ月で彼女を作れなかったら俺は親の決めたブスと結婚しなくちゃいけないんだ、今日が最終日!」
「あきらめなさい」
 彼女は冷たくそう言うと、スカートを掴む俺の手を振り払った。俺も必死だったから、そんな彼女の手を握って
「お願い、どうしてもあの女だけは」
とお願いしてみる。
 おい、こんなにカッコ良い男が頼んでるのに照れてるんじゃない。それとも趣味が悪いのかな、この子。
「今の私はアンタと同じ、この男だけはって気分だから」
「今日一日で好きにしてみせる、だから待ってよ」
 俺がそう言うと、彼女はにニヤリと笑って俺の前にしゃがんだ。柔らかい、優しい笑顔で俺は笑いかえした。
「面白いじゃない、でも好きになれなかったら、分かってる?」
「分かってる」
そして俺の初めてのデートは始まった。


 2、木野葉樹


俺は彼女にシャレたジャケットを着せられて(ブレザーって言うらしい)、翼を隠して学校を出た。『じゅぎょー』とかいうのをやっていたから、誰にも見つからずに出られた。初めて人間界に来たから、俺は少しこの先の事で不安だった。
人間って、何処でデートをするのかなぁ? 魔界では喫茶店で話をするか、大きな公園でピクニックを楽しむんだけど……。
「で、何処に行くの?」
よーじゅは言った。
「人間って、どんなデートするのか分からないからよーじゅが行きたいところに行こうよ」
「アンタの住んでいる所では何をするの?」
「公園を散歩するよ」
「う〜ん、却下」
よーじゅは俺を引っ張って、路地裏に真っ直ぐ進んだ。俺は黙ってそんなよーじゅの後ろを追って歩いた。
「何処に行くの?」
「秋葉原」
「どうして?」
「アンタがただのコスプレに見えるから」
「『こすぷれ』って何?」
「知らんでいい」
 俺は黙って少し、自分より背の低いよーじゅを見つめた。俺は特別背が高い訳じゃないけど、よーじゅよりも背が低く見えそう。スタイルは抜群だし、そんなふうに見える。そんな事を考えていた。
『えき』という建物につくと、よーじゅは
「アンタ、お金を出す魔法とか使えるの?」
と俺に尋ねた。だいぶ魔力も回復していたので
「どんなの?」
と答えて、引き受ける事にした。
よーじゅは黙って変わったポーチをポケットから取り出して、中から紙を出した。紙以外にもカードや、丸い金属が入っている。
「こんなの」
俺はそれをじっと眺めてから、落ちている『おかね』を集めてくる魔法を隅の方でこっそりと使った。沢山の人がいるのに誰も俺とよーじゅを気にも留めない。何十枚かの千って書いている紙をよーじゅに差し出した。
「これ、偽物じゃないよね?」
「この建物の近くに落ちていたよく似ているものだよ」
「ならいい」
よーじゅはその紙を数えて
「三万五千円か」
と言った。
 俺にはそれがよく分からなかった。三万枚も紙はないから。でも、俺は何も訊かない事にした。
よーじゅは俺の腕を引いて、長い乗り物に乗った。レールの上を走っている。よーじゅが『でんしゃ』っていうのだと教えてくれた。
俺がはしゃいで外を見ていると、よーじゅは笑った。
「意外とお子様なんだ」
「そんな事ない、大人のいい男だ」
「それは絶対にないから」
「何で?」
「電車を見てはしゃぐような大人はいないから」
そして、『あきはばら』についた。

しばらく歩いて、『げーせん』ってよーじゅがいっている建物に入った。
中は騒がしく、いろんな人がいる。いろんな機械が置いてあって、どれも魔界には絶対に無さそうな物だった。一体何に使う物なのか、全く見当もつかない。
よーじゅは俺の手を引っ張って、受付のようなカウンターで『りょーがえ』をして、うろうろと歩き始めた。
「約束して」
よーじゅは俺に向かって言った。
「何?」
 俺はにこっと優しく微笑む。彼女になってくれるんだったら、どんな約束でも飲むぞ! ブッサーイクとキスする意外の約束だったら何でも。
「今から私が使えって言わない限り、魔法は使わない事」
「うん」
「それから、写真を撮りたいって近寄って来た人にはにっこりと笑って頷いてあげる事」
よーじゅは満足そうな顔をして、俺の腕を引っ張った。
俺は少し考えてからよーじゅに尋ねた。
「あのさ、一つだけ訊いていい?」
「何?」
「『しゃしん』って何?」
 よーじゅは少し笑って、俺の腕を引っ張った。
「じゃ、プリクラ撮ろう」
『ぷりくら』は少し大きい変わった機械だった。いかにも不良って感じの女の子が沢山いる。何度もじろじろと見られたけど、俺は気にしないようにしていた。俺がそんなに珍しいのかなぁ? カッコ良過ぎるから?
よーじゅは誰も近くにいない機械のカーテンをめくって中に入ると、さっきのポーチから『りょーがえ』をした『おかね』を出して、穴にいれた。
其処で俺は好奇心から
「俺もいれたい」
とよーじゅに言った。
 よーじゅは吹き出して、しばらく笑いまくってから小さな丸い『おかね』を俺に渡して
「はい」
と優しく微笑んだ。
こんなに自然に接してもらったの、何年ぶりだろう。
俺はいつも世間知らずの王子様だからって、あんまり人に相手をしてもらった事はない。皆よそよそしくて命令に従うような感じで、よーじゅみたいに友達みたいな接し方は全然してくれなかったから、凄く嬉しかった。
「アンタって、本当にお子様」
「そんな事はない」
「普通、そんな事をしたがる?」
「好奇心旺盛なんだよ」
よーじゅは笑って、俺の背中を叩いた。
「ほら、さっさとしてよ」
俺はよーじゅがやっていたように、『おかね』を穴にいれた。大きな音がして、機械が動き始めた。おおっ、人間って魔法が使えないのにこんな不思議な機械を作れるのか、と感心していると、よーじゅは俺の顔を見て優しく笑った。
「あそこの丸いのを見て笑って」
俺はよーじゅに言われて、正面の丸いレンズを見て笑った。機械がしゃべった。
「はい、チーズ」
え? 『ちーず』って何なのかな? と思いながら笑っていると、目の前で何かがピカッと光った。一瞬目が眩んだ。目の前のガラスみたいな板には俺とよーじゅの笑っている顔が映って
「こんな感じに撮れたよ」
とまた機械がしゃべった。
 よーじゅは笑って
「これが写真、分かった?」
と言った。
『しゃしん』は六回くらい撮って、機械の言う通り、『らくがきこーなー』に移動した。其処にはペンがあって、よーじゅが
「此処で写真に絵を描くの」
と教えてくれた。
俺はよく分からなかったけど、よーじゅのやっているのを見て、イラストを写真のあちこちに貼った。イラストの事を『すたんぷ』っていうらしい。『ころころすたんぷ』っていうイラストを沢山貼った。凄く楽しい。
「へ〜、なかなかセンスはいいんだ」
「え? 本当?」
俺は笑った。
こんなふうに年の近い人と笑ったの、何年ぶりだろう。小さかった頃はこんなふうに遊んでくれたけど、大きくなるにつれて、皆、俺の事を王子として扱うから遊んでなんかくれなかった。遊ぶっていうよりは俺の命令に従うっていうのに近かったから、あんまり面白かったと思った事はない。
よーじゅは機械から出て来た小さな『しゃしん』を『はさみ』っていう道具で半分に切って、俺に片方をくれた。
「これが『しゃしん』かぁ〜」
「アンタの住んでいる所にはないの?」
「登録している人の姿がいつでも見られる紙だったらあるよ。これに似てる」
「へ〜」
俺はポケットから親に渡されたロケットを出して、よーじゅに差し出した。
「小さいけど、これ」
よーじゅは不思議そうな顔で『しゃしん』を見つめて、教科書を熱心に見つめているブッサーイク姫を見た。どうやら数学の勉強中らしい、ノートに並んだ数字を見て、一瞬気分が悪くなった。
「これ、誰?」
「もし彼女が出来なかったら結婚しなくちゃいけない相手」
「確かにこの顔じゃ、嫌だ」
「こんなのと結婚したら、きっとロースハムにされて食べられるよ」
「アンタの肉のロースハムなんてマズそう」
「どうして?」
「肉、無さそうだもん」
「え、本当?」
「筋ばっかりでマズそう」
よーじゅはにこっと笑うと、俺の腕を引っ張った。
「カレー煮込みだっけ?」
「カレニーだよ」
よーじゅは俺の頭をぽんぽんと叩くと
「カレニー、おすすめのゲーム教えてあげる」
と歩き始めた。
ゲームって剣の事かな? 魔界ではよく、剣で戦うのをゲームっていう。俺は剣が得意だから、そのゲームだったら勝てる。でも、人間ってそんな事をするのかな?
「よーじゅ、ゲームってどういうの?」
「ゲームは魔界にもある訳?」
「剣で戦う事を魔界ではゲームっていうよ」
「まあ、大体意味は一緒なんだ」
よーじゅは大きな動く人の絵が映った板のある機械の前で立ち止まって
「此処では、こういうのをゲームっていうの」
と言って、同じような機械でボタンをバシバシ叩いている人を見た。
「ああやって、画面の中のキャラクターが戦うの。体力がなくなったら負け」
「なるほど」
「ボタンを押したら攻撃するから」
よーじゅは笑って俺にまた『おかね』を渡すと、穴に入れるように言って、正面の同じ機械の前に座った。俺もその真似をして座った。それから穴に『おかね』をいれた。
画面によく分からない文字がたくさん出たけど、よーじゅのいう通りにボタンと棒を動かすと、ゲームは始まった。
俺のキャラクターはよーじゅのキャラクターにこてんぱんに殴られて、ほんの二十秒で負けてしまった。よーじゅが笑って、初めてだからだよっと言った。うう……、剣だったら勝てるのに……。
よーじゅはそれから『ゆーふぉーきゃっちゃー』っていう機械の前で上手に大きな悪魔のぬいぐるみを取ると、俺にくれた。
「悪魔の王子が悪魔のぬいぐるみなんて似合う〜!!」
とよーじゅは楽しそうだった。
俺はよーじゅにアドバイスを受けながら、天使のぬいぐるみを取った。大きな頭の付け根を狙ったら一回で簡単に取れて嬉しかった。隣りで苦戦しているおじさんが、よーじゅを羨ましそうに見ていた。
それから少し離れた場所に移動した。
よーじゅの見つけた休憩用のイスに座って、俺はもらったぬいぐるみを抱きしめた。ぬいぐるみが気に入ったんじゃなくて、ぬいぐるみをくれた事が嬉しくて仕方がなかったんだ。いつも、もらえるんだけど危ない物が入っているかもしれないって燃やされるから、母親にもちゃんとしたぬいぐるみをもらった事がない。
俺はぬいぐるみを抱いて、ポケットにしまった『ぷりくら』の事を考えていた。人間って、魔法も使えないのに凄いなぁと思っていた。俺が凄くカッコ良く写ってるし……。
よーじゅとの距離が凄く近くなったような気がした。


  3、ブッサーイク姫


二時間くらい、『げーせん』に居た。
俺は『ゆーふぉーきゃっちゃー』とか、『きーほるだー』っていう飾りを取る機械が気に入って、詳しいよーじゅに教えてもらいながら遊んだ。それから『ぷりくら』も二回撮った。
よーじゅは『げーせん』を出てから、近くにあったおいしそうな匂いのする店に入った。人間界の喫茶店らしい。いろんな人が其処で何かを飲みながら、話をしていた。中には何かを食べている人もいた。
「カレニー、何を飲む?」
「よく分からないから、よーじゅと同じやつ」
よーじゅは笑って
「コーヒー二つ」
と言った。それから俺を見る。
「お腹すいてる?」
「うん」
「じゃあ、アップルパイも二つ」
それからすぐに出てきた紙のコップと箱に入った甘い匂いのする物をお盆ごと持って、開いている小さな机の所まで行った。
 よーじゅに言われて、俺はその前に置かれた二つのイスのうちの一つに座った。
「これ何?」
黒い液体が入ったコップを見て、俺はよーじゅに尋ねた。よーじゅは『こーひー』だと教えてくれた。熱くて、さらさらした液体だった。
 よーじゅは水みたいな液体の入った入れ物を開けて、中身を『こーひー』の中に入れた。
「何それ?」
「ガムシロップ、砂糖の事」
砂糖って、甘い奴だよね? 魔界にもある。お菓子とかの中に入っている。クッキーとかの材料だ。
「何もいれずに飲んでみたら?」
 楽しそうによーじゅは言った。俺は頷いて、一口飲んだ。凄く苦かった。
「苦い」
よーじゅは笑って砂糖を俺の持っていたコップの中に入れた。笑っているらしい、肩が震えている。
「よし、これだけ入れれば大丈夫」
「本当に?」
「ホント」
よーじゅの言った通り、『こーひー』はおいしかった。甘い中にちょっと苦みがあって、それがおいしかった。さっきのは炭みたいな味がしたのに。
「アップルパイって食べた事ある?」
「ないよ、知恵の実のパイがあるけど」
「知恵の実って?」
「歴史の先生は嫌いだから分からない」
「習ったんだ」
「習ったけど、忘れた」
俺はよーじゅに言われて、箱に入っていたパイを食べた。甘い匂いがしていて、おいしそうだなぁって思っていたら、知恵の実のパイと同じ味だった。人間界では、アップルパイって言うんだなぁと感心した。
「知恵の実のパイと同じ味!」
「林檎の事を知恵の実って言うのかぁ」
よーじゅもそう感心していた。

しばらく其処で『ぷりくら』を見たり、『ゆーふぉーきゃっちゃー』で取ったぬいぐるみや『きーほるだー』を見ていた。
今日一日、凄く楽しかった。
初めて王子じゃなく、ただの悪魔として見てくれる友達が出来たような気がした。家族以外とケンカしたのも初めてだし、外で自由に遊んだのも初めてだ。俺には友達がいなかったら、本当に嬉しかった。
そんな事を考えている時だった。
「カレニー王子、何をしているのですか?」
と後ろから声を掛けられた。この声は知っている。ブッサーイク姫だ。違う人である事を祈りながら、俺は振り向いた。
 目の前でよーじゅがお腹を抱えて笑いながら
「めちゃくちゃブス!!」
と言っている。
 祈りは届かず、ブッサーイク姫はそれに怒って
「ちょっとあなた、何様のつもり?」
とよーじゅに向かって怒った口調で言った。
 俺はブッサーイクとよーじゅの間に割り込んだけど、よーじゅは気にせずに
「別に何様でもないけど」
と偉そうに言い返した。
「とにかく、私のカレニーに近寄らないでちょうだい」
「どうだっていいけど、カレニーの婚約者って決まってないんでしょ?」
「なあ、よーじゅ」

そう、俺が止めようとした時だった。
目の前でブッサーイク姫は呪文を唱えて、攻撃魔法を使った。人間が沢山いる目の前でだ。
よーじゅに向かって飛んで行く魔力の塊を見て、俺はよーじゅをぎゅっと抱きしめてしゃがんだ。俺は悪魔だから、ちょっとやそっとじゃ死なない。魔力の塊は壁を通り抜けて消えた。人間界と魔界ってやっぱり次元が違うから、攻撃魔法も効かないのかなぁ?
「きゃっ」
よーじゅはびっくりしたのかそう声をあげて、ブッサーイク姫を見た。よーじゅのさらさらの髪が一瞬、肩に触れてドキッとする。
俺は深呼吸をして、
「おい、魔法なんか人間相手に使って恥ずかしくないのか?」
と言った。
 その場にいた人達が走って逃げ出した。ブッサーイク姫はそんな人達に気付きもしない。俺の脇を抜けて行った人が俺を見て、本物の悪魔だったのかと呟いていた。
「私、あなたの権力が得られるのであれば何だってしますわ、恥ずかしいなんてとんでもない」
俺は黙って立ち上がると、
「俺の友達なんだ、許してやってくれよ」
と言った。
「あなたが私と結婚すると約束するなら」
「それはヤだ」
「だったらその子を殺します」
ブッサーイクは俺をじっと見つめた。俺は少し考えて、
「結婚はヤだけど、ほかなら……」
と言ったが、ブッサーイクはその言葉にむっとした様子で、呪文を唱え始めた。凄く強力な魔法だ。呪文を聞いた瞬間分かった。低レベルな俺にも分かるように、わざと有名な魔法にしたのだろう。
俺は何も考えずに、ブッサーイクを見つめた。
「婚約する、約束するから」
よーじゅは黙って俺を見つめている。その視線に胸がドキドキと強く脈打ち、恥ずかしい気持ちでいっぱいになる。
俺はいつの間にかよーじゅが好きになっていたみたいだ。どうしてもよーじゅが目の前で殺されるのを見たくなかった。死んでしまったらもう会えないけど、生きていてくれたらまた会える。嫌だけど、ブッサーイク姫と結婚するって約束すれば、よーじゅは助かる。そう思ったからだ。
「本当ですね?」
ブッサーイク姫は俺の前まで来ると、黙って顔を近寄せた。俺は顔を逸らして
「もういいだろ?」
と呟いた。
うう……、こんなのと結婚式でキスなんかしたら毒気に当てられて死んじまう。俺のファースとキスをこんな女にやらないといけないなんて。せめてファーストキスは一番好きなよーじゅがいい。俺、こんなにカッコいいのに、こんな女と結婚しなくちゃいけないなんてつらい……。
すると、よーじゅは俺の隣りに立っていて、突然俺をぎゅっと抱きしめると、
「悪いけど、今日までに彼女を作ればカレニーはアンタと結婚しなくていいんじゃなかった?」
と意地悪そうな口調で言った。暖かい腕を感じで、ドキドキはどんどん強くなる。
「今すぐ連れて帰ります、彼女だとか言い出さないうちに」
ブッサーイク姫の言葉はよーじゅに鼻で笑われてしまった。
「だったら遅かったわねぇ」
俺はよーじゅに目をじっと見つめられてドキッとする。恥ずかしくて、顔が真っ赤になるのを感じた。持っていた悪魔のぬいぐるみをぎゅっと強く抱きしめて、俺は少し俯いた。
「カレニー、アンタには悪いけど彼氏にさせてもらうよ、いい?」
「……うん」
「本当にいいのね?」
「うん」
よーじゅの凄く暖かい手が俺の顔をあげさせた。心臓が今にも破裂するんじゃないかっていうスピードで脈を打っている。恥ずかしいと思う気持ちが、少し、恥ずかしいとは違うような気持ちに変わっていく。
「ちょっと待ちなさい、私が先に……」
ブッサーイクはその後すぐに何も言わなくなった。俺も何も言えなかった。一瞬何が何だか分からなくなった。抱いていた悪魔のぬいぐるみを落したけど、そんな事どうだってよくなった。
よーじゅは俺にキスしていたのだ。
「彼女はちゃんと作ったんだから、あなたはもう関係ない」
よーじゅは俺をぎゅっと抱きしめた。甘いシャンプーの匂いがする。
俺はそんなよーじゅの背中に手を伸ばして、ぎゅっと強く抱き返した。ブッサーイク姫が大声で喚いているけど、俺とよーじゅにはもう聞こえなかった。


 0、終わりとともに新しい始まり


俺は城の中を歩いていた。
今度は俺がよーじゅの手を引っ張って、廊下を行き交う召使いを避けて行く。珍しそうな顔で辺りを見回しているよーじゅはいろんな事を訊いてくる。俺はその度に笑って答えた。
俺と顔見知りの召使いと警備兵が頭を下げて挨拶をしているのを見て、よーじゅはぎょっとしていた。俺は小さい頃からずっとこの調子だからなれているけど、よーじゅは初めてだからびっくりしていた。魔界の景色を楽しそうに見ながら、俺の手をぎゅっと握りしめている。暖かい手だった。
「よーじゅ、本当にいいの?」
俺はよーじゅに尋ねた。
よーじゅは不思議そうな顔をして、俺を見つめている。とても優しい表情だった。俺が鏡で見た時と同じ、優しい表情だった。
「何が?」
「俺の彼女になんかなってもいいの?」
よーじゅは俺をぎゅっと抱き寄せて、ほっぺたにキスをすると
「私、これでも本当に好きな男にしかキスしないの。どういう事か分かるでしょ」
と微笑んだ。
俺は黙って頷くと、両親の部屋のドアを叩いた。よーじゅは俺の隣りでにっこりと微笑むと、ドアを真っ直ぐ見つめた。
時間は十一時五十五分。タイムリミットはあと五分。もう此処まで来たら急ぐ必要はない。
「母さん、父さん」
俺はそう言ってドアを開けた。
二人はびっくりした顔で俺をじっと見つめた。大きく開いた口を閉じようともせずに、ただじっと見つめている。
「ちゃんと彼女、見つけた」
俺の顔をじっと見つめた両親は
「はぁ?」
と声をそろえる。
「だから、彼女」
「嘘つくな、お前なんか相手にする子、ブッサーイク姫くらいだろう?」
父親はそう言って、俺の隣りで笑っているよーじゅを見た。
「こんなに可愛い子が、目が腐ってない限り、絶対にありえないだろう」
「こんなにカッコ良い俺に惚れない女の方がおかしいんだよ!」
そう言い返した俺の肩に手を置き、よーじゅは満足そうに微笑んで
「確かに誰も相手にしないだろうけど、私はそんなカレニーが好きです」
とはっきり言った。
呆然とよー樹を見つめている母親に向かってよーじゅは微笑むと、俺の口唇に深く口付けた。柔らかいよーじゅの口唇を……。



    Fine.



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