悲しい過去を背負う少女






何も見えない

漆黒の闇に包まれて、私は下へ下へと堕ちて行く。

底なんかない。

私は堕ちて行く















私は黙って空を見上げた。
何も見えないけれど、星だけは輝いている。
そんな静かな夜だった。







私は丘の上にいた。
さざ波の音が聞こえる、広い丘の上に。







昔はこの丘の下の海へ、人々は飛び込み死んで行った。
今もその遺体は上がって来ない。
誰もそんな遺体には目を向けなくなってしまった。
戦争の為に、島の人達は此処から海へ身を投げた。




そんな遺体の事を何げなく考えている時だった。
何処かで声が聞こえてきた。
悲しい、小さなすすり泣き。


私はそっとその声の主を探した。


声の主はすぐそばにいた。


それは小さな女の子だった。
長い茶色の髪から覗く大きな瞳は涙でぐっしょりと濡れていた。
白いワンピースがゆらゆらと、潮風に揺れた。






私は彼女に声を掛けた。


「どうしたの?」


彼女は少しだけ顔をあげた。


「お母さんが死んでしまったの」


彼女のすぐ隣りに私はそっと腰を下ろした。


「家は何処? 帰らなくていいの?」

「家はないの。
帰る所はないの」


彼女の肩を抱いて、私はそっと囁いた。


「泣いてもお母さんは喜ばないわ」


「でも悲しいの」


「強く生きて。
精一杯生きればお母さんは笑ってくれる。
だから、今だけ泣いて。
強くなって」


彼女は涙を拭うとにこっと微笑んだ。


「私、強くなるね。
もっと強くなるね」


彼女はそう言って優しく微笑むと、すうっと消えた。
大きな風が吹き抜けて、空へと舞い上がったように見えた。
月はいつよりも強く輝き、大きな波の音が聞こえた。



そのとき初めて、彼女も海へと身を投げて死んだ少女だったのだと気がついた。


戦争の傷を負った、そんな少女の涙が静かに空から降ってきた。
冷たい、悲しい涙だった。











誰かの暖かい手を感じた。

堕ちていたけれど底が見えた。

暗闇には光が射し、私は顔をあげる事が出来た。

もう怖くない、私はこれからも強く生きて行ける

だから私は強く羽撃いた。







Fine.










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