ゴスロリ娘の描いた世界で

  プロローグ 雲の上に広がる世界

それは長い金色の髪を高い位置で結った少女だった。くるんと巻いた髪が揺れて、ひょっこりと顔を出した太陽に向かって笑った。
「大丈夫、一人じゃないよ」
彼女はそう言うとにっこりと笑って駆け出した。
緑色のセーラー服が揺れた。海軍をイメージしたのか、それとも中学生をイメージしたのか、彼女はセーラー服姿で雲の上を走り抜ける。
遥か上空の雲の上、其処が彼女の住む世界。天使も居れば悪魔も居る。白い雲の上に広がる大きな世界だった。

 第一章 ゴスロリ娘

あたしは黙って空を見上げた。またまた白い雲が太陽を隠して辺りは急に暗くなる。あたしが描いた少女はあそこで話をしているのかな?
短いスカートがつらくなる季節だった。冬もこれからという時期、短い赤のタータンチェックのスカート姿で歩くのはつらくなり始める時期だった。枯れ葉が空を舞い、辺りを赤とか黄のカラフルな世界にする。風は急速に冷たくなり、暖かい太陽は雲の裏に隠れるようになる。
あたしはそんな寒い世界をまた今年も生きなければならなかった。はっきりと言う。あたしはこんな寒い処は嫌いだ。いつか必ず暖かい土地に引っ越してやる。出来たらハワイとか海がある場所が良いなとか思いながら、あたしは歩いていた。
家に向かって工事中の道を歩いた。工事する筈の土地が二、三年前から放ったらかしにしているから雑草が生えてきてまるでサバンナみたいに草まみれ。夏場は深い緑が風に揺れて美しい、良い処だけれど、冬も近い秋とまでなれば雑草も腐り始めている。茶色に変色した雑草が風に揺れた。
何処かからキリギリスの歌声が聞こえてくる。季節外れにも近いキリギリスの声に耳を傾け、あたしはまた歩き始めたカツカツと音を立てるあたしのローファーの音が止まった。少し離れた土地で輝く金色の稲穂が風に揺れた。まだ刈り込んでないのか、その一角だけ輝く金色の稲穂が悲しそうだった。稲穂が太陽の光を反射してキラキラと輝いた。雲に隠れてしまった太陽も姿を現した。
今日のファッションはお気に入りの深紅のセーターに黒のタートルネックの薄手のシャツ、タータンチェックのミニスカートにローファー。お気に入りのトランクというカッコだ。所詮人の居ないこの町でゴスロリ娘なんてやっていたって何にもならないのは分かっていたけど、それでもこの趣味はやめられない。
深紅のセーターにはでかでかと髑髏が描かれている。私の大嫌いな英語で書かれた文章がカッコ良く、最近のお気に入りだった。親はこれが嫌なのか、着るな着るなと言っているけれど着なくちゃもったいないと言って無理矢理着ている。
そんなあたしは誰も認めない、一つの夢を目指して世界を描いていた。そう、あたしは作家になりたいんだ。ゴスロリ娘だから怖い? ゴスロリだから悪さをする? そんなの誰が決めたの?
あたしは思う。姿形、経歴なんかで人を見てはいけないと。そう学校では教えられているのに、実際に大人達のする事は完全なる差別でしかない。教えたって大人達が率先してそれを実践しなければ子供だってしないだろう。
だから少年犯罪なんて流行ってきたんじゃないの? そう、あたしは大人達に聞きたくなった。文部科学省が戦争の記述を変えたり、バカな事を始めたとか、はっきり言って大人の都合のいいように作られたこんな世界を背負って歩く子供に何かと都合のいい事を押し付ける。そんな世界で何が見えるって言うんだろう。
でも不良達は皆、自分もつらい目にあったから不良をやっている。だから決してその傷に触れたりしない。だからあたしは思う。きっと不良ほど心の優しい人達はいない筈。今まで誰よりも傷ついてきたから、そんな人の気持ちが良く分かるんだろうなぁと。不良が増えたと言う事は彼らの心を傷つけて道を歪ませる、そんな人間達が沢山いると言う事なんじゃないのかと。
あの頃、いじめとか酷かったっけ? 友達が変だからと虐められて苦しいと思ったあの日の心の傷は癒えてない。後遺症か、人の目が見られなくなってしまった自分が此処に居た。
あたしはあの頃、何度も祈った。このモノクロの何も無い、ぽっかりと広い世界を失ってしまえればいいのに。こんな苦しい記憶なんて失ってしまえればいいのにと祈っては泣いた。
そんなあの頃に約束した。いつかそんな連中に謝らせてやる為に有名になってやろうと。だからあたしは可能性のある夢の為に物語を描いた。
さっきもそう、家族があたしに向かって言った。
「所詮ノートの無駄遣い」
「どうせ同じもの何度も書いただけだろう?」
そんな言葉がどれだけあたしを傷つけるものなのか、家族は知りもせずに、読みもせずに偉そうな顔してそう言う。あたしはそれを黙って見ているしかない。どうせ何を言い返したって、ヤツらの耳には馬鹿がほざいているって程度にしか見えてないんだから。怒るのはやめた。本当に作家になって家族にも謝らせる。土下座してもらおうじゃないのとあたしは必死になる。
誰もいない、静かな黄昏時だった。遠くに覗く山が漆黒のシルエットとなり、鴉も飛び交い始める。丘の下で輝く街の明かりがキラキラと輝き始め、あたしは立ち止まった。あたしの心の中は空とは違う。苦しみと悲しみがぐるぐる回って、胸がずっしりと重く、嫌で嫌で仕方が無くなる。いつの間にか涙も溢れてきた。
そんな時だった。それは静かに、唐突にやってきた。ドンっという物音と、強い衝撃の後、あたしは何も感じなくなった。最後に見たのは、珍しくこの人通りのない道路を走り去る漆黒のワゴン車だった。

 第二章 不思議な人間達

目を開けて初めて見たのは、可愛らしい顔をした女の子だった。顔はどう見ても日本人で、髪はさらさらのストレートで透き通るような金色。 短いスカートのセーラー服に、長い黒のオーバーニーを履いている。茶色のローファーがピカピカと輝く。 変わった娘だったけれど、見覚えがあった。
青いセーラー服はあたしが作った架空の街、空色町の空色中学の制服そのもので、彼女はまさに自分が作り出したキャラクターである桜野太陽だった。確か、トレジャーハンターだったっけ? まさかこんなにそっくりな娘に会えるとは思ってなかったから凄く嬉しくなった。
「大丈夫か? こんな処で倒れてたらヴァンパイアに噛まれちまうぞ」
「ヴァンパイアなんて居る訳ないでしょ?」
ちょっと馬鹿なのかとあたしは思いながら彼女を見つめた。辺りはアスファルトなんて全くない、茶色の土が広がる山の中だった。街灯どころか道標さえも無い。何、此処? とあたしは思いながら辺りを見回した。月明かりが差し込むだけで真っ暗の恐ろしい山だった。空には大きな満月が輝いている。
「居るよ、さっき仲間が連れてかれちまったんだ。アンタも気をつけた方がいいぜ」
「ありがとう、此処は何処? 山ノ谷町に帰りたいんだけど」
「何処だよそれ、此処は魔女の住む山だぜ?」
「はあ?」
うう、ゴスロリ娘はどうしてこういうお馬鹿さんにしか助けてもらえないのかなぁ? せめてお金持ちの王子様に助けて欲しい……。“きっと悪い夢なんだよ、あたし。”と言い聞かせてあたしは顔をあげた。
「あなた、名前は? 此処何処なの?」
「オレの名前は桜野太陽、さっきも言ったけど此処は魔女の住む山」
「それ、本気で言ってるの?」
あたしは泣きたくなったけど、泣かずに彼女に尋ねた。ヴァンパイアに魔女に、自分の作り出した桜野太陽が目の前でニコニコ笑っている。これはきっと悪夢に違いない。
「おい、其処で何してんだよ」
低めの男の声が聞こえた。月明かりに照らされて、銀色の髪が輝くのが見えた。腰に吊るした大きな剣に目を奪われて口が開いたまま塞がらない。
此処、日本だよね? でも銀髪のいかにも外人って感じの男の子がペラペラと日本語を話している。しかも訛りが全くない。本当にどうなっているのか分からない。
「アンタ誰?」
桜野太陽はそう言って、地面に置いていたらしい大きな日本刀を抜いた。きらりと光る鋭い目つきは紛れもない、自分が描き出した桜野太陽だ。怖くなるほど強い瞳だった。
「俺? 魔物狩人」
銀色の髪が風に揺れた。紅いコートが揺れて、額に巻いた漆黒のバンダナが目に入った。吸い込まれそうになる大きな青い瞳は鋭く、冷たかった。彼にも見覚えがある。あたしが描いた双子の魔物狩人の世界に住んでいる筈のクライブだ。確かヴァンパイアの血を引くダンピールじゃなかったっけ?
「ちょっと待って、あたしはきっと悪夢を見ているんだよね?」
「そんな訳ねぇだろ? だってオレは起きてる。此処は現実の世界だぜ?」
この娘、きっと馬鹿なのよ。あたしの知っている桜野太陽じゃない。きっと学習障害児かなにかよ。きっとそう。あっちの魔物狩人とかほざいている馬鹿はきっと頭の悪い色素欠乏症なのよ。
すると色素欠乏症の馬鹿は言った。
「どうだっていいけど、此処を俺にそっくりな弟が通らなかったか? それと黄緑の長い髪の女と、それに似た黄緑のショートカットの女。ヴァンパイアにさらわれたんだよ」
「見てねぇよ、オレの親友見てねぇ? オレンジの髪と紅い髪の男と黒髪の女。オレの仲間もヴァンパイアにさらわれちまったんだよ」
学習障害児はそう言って、にこっと笑った。可愛らしい笑顔が似合うけど、月が陰って急に辺りは暗くなる。それでも色素欠乏症の自称魔物狩人は白い肌と銀色の髪がよく目立つ。
「あの〜、まさかとは思いますが、その弟ってジャスティスって名前の双子の弟? ついでに黄緑の長い髪ってメルディって名前の悪魔でもう一人はレイチェルって名前の魔女だったりする?」
あたしは思わず色素欠乏症の男に尋ねた。気になったから仕方がないじゃん。自分のキャラクターくらい、ちゃんと覚えているし……。でもその言葉にびっくりしたのか、色素欠乏症の男は
「なんで知ってるんだよ?」
と言った。目が丸くなっている。そのついでにあたしは学習障害児に
「ついでにあなたの言ってる親友って輝とサムと零の三人だったりして?」
と何となく尋ねた。何だか嫌な予感。きっと悪夢を見ているんだよ、自分。
「なんで知ってんの?!」
やっぱりと心の中で小さく落胆する自分が居た。それにしても自分はどうしてこんな悪夢を見ているんだろう? こんな山奥になんか居たくないんですけど……。
「あたし、作家目指してるの。二人はあたしの小説のキャラクターだから嫌でも知ってるの」
 夢だとは知りつつも、仕方がなく自分はそう言った。って事はこの山って物語の舞台?
「よくわかんねぇけど、とりあえずアンタは俺達の事を知ってるって事か?」
 魔物狩人はそう言って、あたしの前にしゃがみ込んだ。銀色の髪が揺れた。笑顔が意外と無邪気で可愛らしいヤツ。そう自分が描いたって事はやっぱり誰よりも知っている。
「とはいえ、一応初対面だしなぁ」
金色の髪が目の前にしゃがんだ。キラキラと輝く笑顔が可愛い、太陽はどんなものにも負けない強い娘にした、やっぱり、自分が一番分かっているから見ていると懐かしい気分になる。
 二人はにこっと微笑むと
「オレは桜野太陽、スカイブルーのトレジャーハンターだ」
「俺はクライブ、魔物狩人だ」
と順番に自己紹介をした。仕方がない。自分も名乗るしかないか……。
「あたしはNana、作家を目指してるの」
月が雲の隙間から顔を出したのか、鬱蒼と茂る山の中は優しい光に照らされた。あたしの大嫌いなクセ毛が照らされるのが嫌だったけど、二人は優しくニコニコと笑っていた。

 第三章 空から降ってきた少女

仕方がないから、その日は二人と一緒に居た。二人はお互いの仲間を同じヴァンパイアにさらわれたかもしれないと、協力する事にしたらしい。ついでにあたしの面倒も見てくれた。
夜通し山を歩いてやっとの思いで砂漠へ出ると、ちょうど朝日が昇り始めていた。太陽とクライブは眠そうな顔をしていたけど、休もうとか、弱音を吐かずに歩き続けた。すぐ近くに大きな街が見えた。無口なクライブが珍しく
「あそこ、ヴァンパイアの住む街だからなぁ」
と独り言を言っていた。太陽は幸せそうに笑いながら歩いていたけど、あたしは茶色のローファーに砂が入って歩きずらかったから嫌になった。もう、旅なんて嫌。読んでいるか書いている方がマシ! って本気で思った。自分でしたいとは思えない。 やっとの事で街にたどり着くと、いかにも怪しい教会みたいな建物を見つけた。嬉しそうに刀を握る太陽に腕を引っ張られながらその中に入ると、黒いローブの怪しい人達が立っていた。
中は暖かく、入ってすぐに大きな地下へと伸びる階段と三つのドアがあった。大きい部屋で、イスが教会みたいに沢山並んでいるけど、教会って言うよりただの集会場みたいな感じだった。建物自体はかなり古く、石造りだった。
あたしは二人に引っ張られて物陰に隠れたけど、ヴァンパイアって鼻が利くらしい。匂いであっさり気付かれた。そう言えばそんな設定、作ったような気がする。
「輝の事だから死んじゃいねぇとは思うけど、オレの親友返してもらうぜ」
太陽はそう言って刀を抜いた。同じく黙って重そうな大きな剣をクライブは抜いた。あたしは二人の背中を黙って見ている事しか出来なかったけど、やっぱり自分が描いたキャラクターはカッコ良く見える。やっぱり自分で作り出しただけある。
「其処どけ」
そんな声が聞こえてあたしのすぐ横を通り抜けた何かが、二人を飛び越え、刀を振り上げた。長い漆黒の髪が揺れて、青い浴衣がちらっと見えた。もしかしてヴァンパイアハンターのエッセン?
「お前は?」
ヴァンパイアがそう言って、青い浴衣の小柄な男の子を見た。男の子は立ち止まって刀をきつく握り締めると
「チェリーブラッサムのヴァンパイアハンターだ」
と低めの声で言った。マジかい!! と突っ込みたくなりながら、強い主人公達の背中を眺めていた。まあ、エッセンはサブメインってだけで主人公って訳ではないかな?
太陽とクライブは少し文句ありげな顔で立っていたけど、突然天井から降ってきた(天井の破片と一緒に)女の子がヴァンパイアを押しつぶすのを見て飛び退いた。今まさに切ろうとしたヴァンパイアが女の子の下敷きになっているのを見たエッセンは笑うしかなかったのか、力なく笑った。あたしの後ろからひょっこり出てきた可愛らしいカウボーイハットの男の子があたしに向かって言った。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
ああ、この子はクロイドかと、あたしはあっさり納得して頷いた。可愛い。小さいのに優しいし、目がくりくりで……。
「大丈夫、ありがとう」
そんなあたし達(あたしとクロイドとエッセンと太陽とクライブの事だけど)の目の前で瓦礫にまみれた女の子が顔をあげた。間違いない。ついこの前必死になって書いていたエリカだ。
確かエリカは小学生のあたしが書いていたマンガのキャラクターで、一秒間に地球を八周するんじゃなかったっけ? めちゃくちゃ天然ボケで純粋で無垢な小学生だった筈だけど、思いのほか小さい。本当に小学生?
「あり? 何かふんじったぁ〜」
そう言ってにっこりと笑った彼女の笑顔がやっぱり本物だと物語っていた。天然パーマの長い髪をいつもお母さんに結ってもらっていて、大事な友達とそうだんしつを開いた女の子。
そんな女の子の下敷きになってつぶれているヴァンパイアが、小さく呻き声をあげた。エッセンが女の子の腕を引っ張ってクライブに押し付けるとヴァンパイアに向かって刀を振り上げた。
「ダメぇ!!!」
 声が聞こえて、エッセンは止まった。刀はいつの間にかエリカの手の中。そうだ、エリカは平和主義なんだったっけ? 人を守る為、意外の目的で使う武器は徹底的に嫌う、そんなキャラクターだったっけ?
「絶対ダメ! ヴァンパイアさんが可哀想だよ」
エリカは今にも泣き出しそうな顔でエッセンの顔を見つめていた。エッセンは困った顔で、クライブを睨みつけていた。ちゃんと見てろよって感じの目線で。
「あのな、このヴァンパイアは人の血を飲もうと……」
「そうじゃなかったかもしれないよ、話を聞いてからじゃなくちゃダメなの!!」
エリカはそれだけ言って泣き出した。エッセンはあきらめたのか、エリカの前にしゃがみ込んだ。
「分かった、分かったから俺の刀を返して」
「絶対ヴァンパイアさん達切ったりしない?」
「切らないから」
 すると、ヴァンパイアがエッセンに向かって飛び掛かった。クライブが剣を引き抜いて駆け出すと、太陽がエリカの手から刀をもぎ取ってエッセンに投げ渡した。あたしは仕方がないからエリカの腕を掴んで物陰に逃げ込んだ。太陽はあたしに軽くウィンクを飛ばすと駆け出した。
影から見ていると、やっぱり主人公達は強かった。あの小さいクロイドでさえ剣を握って戦っている。あたしは何も出来ず、黙ってエリカの腕を掴んでいる事しか出来ない。そんな無力な自分が嫌になってくる。目の前で戦っている彼奴らなら、あたしみたいに貶されても言い返す筈なのに……。
あたしは太陽に肩を揺すられて我に返った。顔をあげた時、もうヴァンパイアはいなかった。灰となって消えたんだろうか、やっぱり自分で描いた世界にいるなんて恥ずかしくなってくる。この馬鹿見ないに天然ボケばっかりが集まった時、やっぱり書かなきゃ良かったと思う。本当に悪夢だ。
「何ぼうっとしてんだよ、行くぜ?」
 太陽はそう言ってあたしの手を引っ張った。エリカはぐずぐず泣きながら鬼ごっこしていたからとかなんとか言いながら帰って行った。
あたしはそんな太陽に連れられて、奥の牢屋に向かって歩いた。気味の悪い蜘蛛の巣だらけの廊下を通り抜けて、立派なドアを開けると、気味の悪い牢屋が出てきた。鉄格子の前でしゃがみ込んでいるクライブの赤いコートが見えて、太陽は駆け出した。 エッセンが必死になって鍵穴を弄っていたけど、開かないのか針金を放り出した。
怒った顔でその針金に手を伸ばしたオレンジの髪の男の子がいた。漆黒の瞳に、青いカッターシャツ、明るい青のネクタイが良く似合う巻き毛の男の子。結構長めの髪が似合っているし、想像していた通りカッコいい。
見覚えがある。そうそう、太陽の親友、神風輝。ボクシングがめちゃくちゃ強くて全く泳げない、太陽に負けない天然ボケのイケメン。確かギターもかなり弾けるんじゃなかったっけ? 実は太陽にホレてるって設定だった筈。
「輝、大丈夫か?」
 太陽は心配そうな顔で輝に駆け寄った。さらさらの金髪が揺れた。あたしは黙ってそんな太陽の背中を眺めながら、自分も何か出来たらいいのにと、頭の隅で考えた。此処に来てから悪夢とはいえ守られてばっかりで嫌になってくる。
「太陽、零が連れていかれた」
「零が?」
太陽が鍵を抉じ開け、扉を開けると中から紅い髪の男の子(しかもかなりのイケメン)とクライブにそっくりな顔の男の子が泣きながら出てきた。クライブに抱きついてわんわん泣き出した。
二人には見覚えがある。紅い髪の男の子は外国人みたいに白い肌(確かアメリカ人のお父さんだった筈)で、藍色の瞳をしている。サムって名前の太陽の親友で、ヴァン・パステル社の息子。大きな屋敷にお母さんと二人で住んでいて、いつも二人で紅茶を飲みながらチェスをしているんだったっけ?
  クライブにそっくりな顔の男の子はジャスティス。クライブの双子の弟で料理がとんでもなく上手い。一番おいしいのは苺のタルトで、趣味はクライブの観察だったと思う。クライブとジャスティスの見分け方は確か、髪がほんの少し長い方がジャスティスで、目もちょっと優しいし、よく笑う。(ちなみに裏設定)
でもおかしい、レイチェルとメルディと零の三人がいない。エッセンが心配そうな顔をしている。エッセンも誰か探してたのかもしれない。だとしたら妹のつばきか兄貴分のイアンって処か。
小さいクロイドが心配そうな顔でエッセンを見つめている。
「何かあったの?」
あたしはそっとクロイドに尋ねた。
大きなカウボーイハットが振り返った。あたしを見上げる可愛い顔は、少し悲しそうな色の瞳をしていた。きっとエッセンが心配なんだろうなぁ。あたしも何か出来たらいいのに。
「エッセンの彼女もさらわれちゃったんだよ。きっとヴァンパイアに殺されちゃうよ」
「彼女じゃねぇ、それにあの女なら殺したって死なないね」
エッセンはそう言ってあたしを見つめた。優しそうな漆黒の瞳だった。ぱっと見、ただの男の子だけど刀を握ると目つきが変わる、そんなキャラだった。
「だったら助けに行かなきゃいいじゃん」
「仕方がないだろ、彼奴は剣がなかったらマトモに歩けないんだから」
エッセンの彼女って婚約者のアンナの事かな? すんごく強い剣士って事にしていたけど、剣がなかったらマトモに立つ事も出来ないただの女の子以下に弱くなるんだったっけ? エッセンは刀がなかったら立ち上がれなくなるって設定だったけど(笑) とにかく、あたしはさっさとこの悪夢から目を覚ましたい。見ていて恥ずかしくなるような連中ばっかりだし……。目が覚める事を祈りながらあたしは連中を少し離れた処から見ていた。

 第四章 ヴァンパイアハンター達

どうやらこの悪夢に出てくる連中は皆、あたしが書いた小説のメインキャラらしい。太陽と輝とサムの三人はスカイブルーのトレジャーハンターって物語のメインキャラだし、ジャスティスとクライブは†魔女に恋した魔物狩人†のメインキャラだし、クロイドとエッセンはチェリーブラッサムのヴァンパイアハンター達って物語のメインキャラ。エリカはマンガの主人公で、面白くない小説の主人公にもした事がある。あれって小説って呼べるのか、微妙な処だけど。
他のキャラクターにも会いたいな。少し前に書いたばっかりの歌姫とギター馬鹿♪のさくらとひろむとか。クライブの飼ってる犬のジャスティス二世とか。
そう言えばジャスティス二世はいない。ジャスティス二世はクライブの後ろをついて歩くからジャスティス二世なのに……。
そんな事を考えながら、あたしは牢屋の隅に腰を下ろしていた。牢屋の番をしていたのか、戻って来たヴァンパイアがエッセンに捕まって他の皆はどうなったのかを聞き出した。
そのヴァンパイアによると、この建物の地下にある街の中にある集会場に捕われているらしい。何でも女の人の血で何かの儀式をするらしい。良く分からない専門用語で言っていたから。
聞き出すのをあきらめたのか、エッセンはさっさとソイツを狩ってしまった。あたしはそれを黙って見ながら、やっぱり自分は無力で何も出来ないんだなと思った。恥ずかしいだけじゃなくて、自分の大事なキャラクター達に守られているばっかりで何も出来ない、そんなもどかしい思いでいっぱいになるこの夢がムカつく。
「クライブ、これからどうするんだよ?」
 太陽はそう言ってクライブの顔を覗き込んだ。ジャスティスに抱きつかれたまま、黙っていたクライブは太陽を見て
「仕方がないから助けに行くけど?」
と言った。
その隣りで黙って見ていた輝が太陽の腕を引っ張った。オレンジ色の巻き毛を鬱陶しそうに払いのけて、鋭く真っ直ぐな瞳を太陽に向けた。背が高くて凄く優しそうな目をしている筈の輝がこんな目をするなんて何かあるのかと思ったけど、太陽が心配なんだってすぐに気がついた。
「太陽は帰れよ、女を狙ってんだろ?」 「オレなら平気だって、何なら男装しようか?」
「そういう問題じゃねぇ」
そんな言い合いを始めた二人の間に割り込んでサムは言った。やれやれって感じの顔だったけど、やっぱり輝と同じように太陽を心配しているんだとすぐに分かった。
「二人とも、帰っててよ。零は俺が連れて戻るから」
「何言ってんだよ、サム」
「人数が多いと移動しずらいって分かってるでしょ?」
「それでもヤだぜ、オレは意地でもついてく」
太陽と輝がそう言って今にも泣き出しそうな顔をした。あたしは仕方がないからそんな三人の間に入った。
「じゃあ、二手に分かれよう」
「へ?」
「そうすれば四人ずつになるから今よりは見つかりにくくなるでしょ?」
どうやら皆、それに賛成らしい。あたしは満足だったからにこっと笑って
「分けるとしたら輝と太陽を分けないと力が均等にならないけどどうする?」
と言った。
確か設定では輝と太陽の力は均等で(しかも二人を一緒にしたら誰も敵わない)、それに並ぶ力を持ってるのはエッセン(ただし刀がなかったらすっごく無力)。サムの銃の腕とクライブの剣の腕は大体互角だし、クロイドはああ見えて結構強いって設定だった筈。ヴァンパイアと互角に戦える訳じゃないけど、身を守る程度に剣もボーガンも使える筈。ジャスティスもクロイドくらい剣は使える筈。そしてあたしは一番力がなくて何も出来ない。
「オレはいいぜ、アンタと行く」
 そう言って太陽はあたしの手を取った。相変わらずニコニコっと笑いまくる。コイツには誰も敵わないなぁと思った。
「じゃあ、輝とサムとクロイドとジャスティスの四人とあたしと太陽とクライブとエッセンの四人でいい?」
「なんでアンタが決めんの?」
「だって事実じゃない、輝とサムの二人だったら十分強いし太陽とエッセンと互角になる筈だけど?」
だってチームワークがいいんだもん。太陽とエッセンには絶対チームワークなんて無さそうだし……。
「まあまあ、オレ達を作ったらしいし、信じたっていいんじゃねぇの?」
「信じられないんだったら別にいいよ。例えば其処の三人が髪を染めたのがドイツだって知ってるし、クライブがああ見えて泣き虫だって知ってるし、エッセンが刀を持ってなかったらめちゃくちゃ無力だって知ってるし……」
「テメェ、それ何処で!!!!」
皆そろって怒った顔をしたからあたしは笑った。クライブとエッセンがあたしに詰め寄った。二人とも、こういう時だけは協力するのかぁ。本当、あたしが描いたままで笑っている。
「だってあたしが作ったんだもん。あたしが描いた世界で生きているアンタ達の事は全部知っている。これで分かってもらえた?」
「嘘じゃ無さそうだな」
サムはそう言って、クライブとあたしの間に割り込んで
「それならこの世界を作ったのもあなたってことなんでしょ?」
と言った。あたしは黙って頷いた。輝が突然
「んじゃ、ゴスロリ女。此処はどういう作りかくらい分かってるんだろ?」
と言ってあたしの腕を掴んだ。真っ直ぐで鋭い、強い瞳だった。深い深い漆黒の瞳が少しだけ怖かった。
「それが、此処がどの世界なのかが分からない」
あたしはなんとか輝にそう言って、ため息をついた。
此処、本当に何の世界観なんだろう。さっきまでジャスティスとクライブの生きている世界だったのに、今度はエッセンとクロイドの世界になるし、今度は何処に飛ぶのやら。
でもよくよく考えてみると、あたしはどの物語も世界が同じような設定にしていた筈なんだっけ? ジャスティスとクライブの住んでいる街は山を一つはさんで反対側にエッセンとクロイドの住むヴァンパイアの世界がある。空の上にはエリカの住む街があって、そんな空の下の何処かには太陽達がトレジャーハンターとして笑っている世界がある。そんな空色町の近所では、「歌姫とギター馬鹿♪」とかいうバンドが公園で声を張り上げている。
そんな世界間の中で、あたしのキャラクター達は生きている。今更知らないとか言えない。
確か地下街があるのはエッセンとクロイドの世界。ヴァンパイアは昼に活動出来ないから、レイナルドって国の地下に地下街を作った。そうすれば昼も動けるからって理由で。夜になるとヴァンパイア達は人の血を狙って街へ出る。旅人や商人を襲って血を飲み、時にはヴァンパイアハンターに狩られる。そういう世界だった。 でも、地下街についての細かい設定なんて全く練ってない。確か、一番始めに書いたクロイドの物語ではヴァンパイアに噛まれたクロイドが記憶を失って(しかも不良っぽい口調の十六歳のクロイドが)地下街にある学校に通うって事になっていたと思う。
確かヴァンパイア一族の長の娘が好きになるんだったっけ? クロイドはヴァンパイアハンターの国の王子様(滅んでるけど)だから敵同士。単にロミオとジュリエットを自分なりに書いたらどうなるのかを実践したヤツ。今では考えられない阿呆くささの物語だった。
そんないい加減で短い物語の世界が此処にあるのかと思うと悲しくなる。どんな設定だったかが曖昧だし、大体今のクロイドはどう見たって七〜九歳だからあの設定は存在しない事になっている筈。大体、あの物語にはエッセンがほとんど出てなかったのに、いいのかな? あの物語の設定で行くとエッセンは十八歳って事になるし、矛盾してしまう……。
「おい、そんないい加減な事言ってんじゃねぇよ」
輝はそう言ってあたしの顔を覗き込んだ。うう、こんなボクシング馬鹿を相手にはしたくない、きっと殺される……。
「多分、何処かに学校があるっていうのは分かるんだけど、集会場なんて設定は存在しないんだもん」
むっとした顔で何かを言おうとした輝に
「おい、輝。Nanaなりに思い出そうとしてんだからそんな風に言ったって仕方がねぇじゃねぇかよ」
と太陽が言ってくれたからあたしはほっとした。太陽ってやっぱり優しいんだなぁ。設定通りだなぁと思った。
するとエッセンが顔をあげて
「Nanaねぇ」
と呟いた。珍しくクロイド以外に言ったし、独り言を呟くようなタイプじゃなかったから、クライブが少しびっくりした顔でエッセンを見た。
「つまり、アンタが想像して出来た世界なんだったらアンタが想像すれば全てが変わる筈なんじゃねぇのか?」
「全てが変わる?」
太陽が不思議そうな顔で身を乗り出した。キラキラと輝く瞳がドキドキハラハラの冒険(って勘違いだろうけど)に輝いている。
「だってこの世界を作ったのはアンタなんだろ? さっきの話は本当だし、アンタが知ってる筈もない。アンタが作ったんだって信じる。でも世界を作ったアンタを逆手に取って使えばこっちのもんじゃねぇか」
「はぁ?」
「つまり、アンタが今此処にいる連中をめちゃくちゃ強くするとか想像すりゃあ、楽に其処まで行けるんじゃねぇのかよ? もし上手くいけばあの扉の向こうが地下街で、すぐ近くに集会場が出来る筈じゃねぇか」
 エッセンの言っている事は最もだった。あたしがいつもと同じように想像すればいい。簡単な事。ただ目を閉じて思い浮かべればいい。それが出来ないならノートを広げてペンを握ればいい。目を閉じれば勝手に世界が浮かんでくる。
「でもよぉ、それってNanaを人質に取られちまって万が一Nanaがヴァンパイアになっちまったりしたらヤバくねぇ?」
太陽はあたしの腕を引っ張った。そうだった。あたしは女だった。女は何かの儀式に使うから狙われる。あたしは太陽じゃないから絶対に捕まる。
「俺の単なる考えだけど、自分が強いって想像すればNanaは強くなると思う。きっとこの世界にあるもの皆が想像されたものなんだし、此処にいるNanaもNana自身の想像で出来てるんじゃねぇのかな?」
エッセンは冷静にそう言うと、刀をちきっと鳴らした。何か感じるのか、さっと走ってドアに駆け寄った。あたしは目を閉じて想像する。
エッセンはジパングの侍。とても力のあるチェリーブラッサムのヴァンパイアハンター。今、たまたま何かがあってその力をいつも以上に使えるようになる。
あたしの想像した世界には、今のエッセンに敵うような力を持つのは太陽と輝とサムの三人。どんな相手であろうが、決して負けない、それが太陽と輝とサムの三人、スカイブルーのトレジャーハンター。
そんな三人とエッセンは何かとやらかすから、それを止められるクロイドやジャスティスもとても強い。クライブはそんな二人を守れるような力を持つ。
う〜ん、こんなので上手くいくんだか……っと思わず心配になったけど、黙って自分を信じるしかなかった。

 ――――――  
「この娘、死んでしまうのですか?」
「どうでしょう? まだ分かりません」
誰かの声が聞こえる。太陽や輝の声にまぎれて聞きづらいけど、きっとお母さんの声だろう。あのときあたしを馬鹿にした声だ。震えていて、今にも泣き出しそうな感じ。
「こんな時もノートを手放さないなんて、何かあるのかしら」
そう言って、お母さんは動いた。きっと立ち上がったんだと思う。そんな気配を感じる。目を閉じればそんな様子が思い浮かぶ。
「In the would where the Gothic Lolita daughter drew it onって何かしら? あの娘は何を描いたのかしら?」
 はあ? あたしはそんな物語は書いていません! 今書いているのは暗殺者の物語ですとか、言いたくなったけど黙っていた。あたしは今、何処にいるのかは分からないけど、きっとまだ思っている。所詮役に立たない物語、書いたって無駄。紙の無駄遣い。資源の無駄遣いだって、そう言われるようなものでしかない。それならいっそ、この世界で笑ってみるのもいいかも知れない。

  第五章 トレジャーハンターと名乗る者達

ドアの向こうには本当に地下街が広がっていた。地下街は薄暗く、石畳が美しいのに街並みはよく分からなかった。建物はどれもゴシック建築で、街に似合う美しい建物が多かった。時折頭の上を飛び越していく蝙蝠の鳴き声が地下街中に響いていた。此処は意外と広いのだろう、響き方が凄かった。
何処にあるのかも分からない集会場を目指して地下街を彷徨い歩いていた。あたしはついさっきの門番が持っていた剣を握って走っていた。本当ならこんなに持久力はないから自分が強い自分を想像したのかな? と思った。
二手に分かれてからというもの、太陽はまた元気が無くなった。エッセンとクライブは無言で走っている。あたしはそんな三人を追いかけて走っていた。
大きくて立派な建物を見つけたから、其処に向かって行くと、ヴァンパイアが沢山出てきた。このままヴァンパイアになるのも悪くない。でもやっぱり今はこの世界に生きる主人公達との旅を続けていたい。エッセンが刀を振り上げ、クライブが突進していくそんな薄暗い地下街の中、あたしも剣を握った。
目を閉じて想像する。其処に広がるのは剣を握って駆け抜けたゴスロリ娘の自分。どんなヴァンパイアが現れようが、剣を握って戦う。それが今の自分であると、そう想像する。
次に目を開けた時、あたしは剣を握って駆け出した。自分を信じればいい。そう、呟いてあたしは剣を振り上げた。不思議と怖くなくて、思ったのは太陽とかエッセンとかクライブが一緒に戦っているから大丈夫って事。
剣はヴァンパイアに思いっきり当たった。なぜだか、ヴァンパイアは灰となって風に吹かれて消えた。太陽があたしの腕を引っ張ってにこっと笑った。
「すげぇじゃん」
怖かったのか、あたしの手はがたがたと震えていた。クライブが少し笑って
「何震えてんだよ」
と言ってあたしの肩を叩いた。エッセンも少し面白そうに笑っていた。
あたしは剣を握り直して、やっぱり此処は自分の描いた世界だったんだなぁと思った。あたしが想像すればその通りになる。だから大丈夫と言い聞かせて頑張る事にした。それに今は一人なんかじゃない、あたしには大事なキャラクター達がいるんだから。
何とか辿り着いた建物の中には、沢山のヴァンパイアがいた。あたしは剣を握って、太陽とエッセンとクライブを見た。三人は真剣な顔で頷いた。あたしはドアノブに手を掛けて、一気に開けた。三人が駆け込んで行った最後に、あたしも駆け込んだ。 中にいたヴァンパイアは少なく見積もって三十人。でもあたしが中に駆け込んだ時には半分くらいは消えていた。剣を振り上げて、近寄ってきたヴァンパイアに斬り付けた。
エッセンが猛ダッシュであたしに近づいてきていたけど、あたしは特に気にも留めずに剣を振るった。倒れたヴァンパイアの後ろから他の赤毛のヴァンパイアが出てきた。この間合いじゃ、あたしは絶対に負けるって分かった瞬間だった。ヴァンパイアは灰となって消えた。水が跳ねて顔にも飛んできて、初めて気がついた。エッセンが聖水の入ったガラスの小瓶を投げたんだって。
あたしはその瞬間、スキを作ってしまったらしい。足を引っ張られて床にこけてしりもちをついた。あたしに覆い被さってくるヴァンパイアがいた。エッセンからも遠い。近くには太陽もクライブもいない。
ぎゅっと強く目を閉じてこのまま楽しい悪夢の中で死んでしまえばいいと、少しだけ考えた。でも、その時は来ない。それどころか辺りは静まり返っている。
「全く、弱いんだったら無茶すんなよ」
優しい声だった。誰かはすぐに分かった。低いけれど暖かくて優しい、その声は聞き慣れている。輝だ。オレンジの髪の後ろから、背の高い紅い髪が覗いていた。カウボーイハットがちらついて、その隣りに銀色の髪の優しい顔も見える。
「輝、サム」
「太陽、ちゃんと見てねぇとダメだろ?」
「だって強かったんだもん」
すぐ横で、少し膨れっ面の太陽は言った。エッセンが少しほっとした顔であたしを見ている。クロイドはそんなエッセンの隣りで微笑んだ。ジャスティスは剣を持ったまま、心配そうにあたしに手を差し出した。
「大丈夫? 怪我してない?」
「ありがとう、大丈夫だから」
ありがたくジャスティスに手を借りて立ち上がると、灰が散らばっている大きな建物の吹き抜けの空間を見つめた。
少し肌寒く、石造りで立派な暖炉があるのに不思議だなぁと思っていると、祭壇というか舞台というかって感じの処でナイフを突きつけられている零がいた。薄暗くて今まで気がつかなかった。灯りが蝋燭しかないからかな?
零は黒くて長い髪をポニーテールに結っていて、輝とサムと同じカッターシャツにネクタイ、スカートってカッコをしていた。何があったのかは分からないけど、手首は太めの縄で縛り付けられていた。
そんな零はナイフを持ったヴァンパイアに、レイチェルとメルディとアンナ(らしき人達)が対の剣を持ったヴァンパイアに押さえつけられているのがちらっと見えた。 太陽の短いセーラー服のスカートが翻る。長いさらさらの金色の髪を揺らして、鋭い刀のような怪しい輝きを持つ瞳をヴァンパイアに向けている。誰もが黙ってそんな太陽の背中を見つめている。あたしから見えるのは太陽の横顔だったけど、建物の中の蝋燭の薄暗い灯りを反射して輝くその金色の髪が眩しくて不思議な気持ちになった。
「おい、ヴァンパイア。ソイツらを放せ」
「放せと言われてもねぇ」
「じゃあ、オレと交換でどうだよ」
 太陽は低い声でそう言った。輝が少し心配そうな顔をしたけど、やっぱり大丈夫だと思ったのか、放っとく事にしてしまった。太陽は何を言っても聞かないヤツだって良く分かっているのかな?
「君みたいな娘ではねぇ……」
「何だよ、失礼だな。オレだって女だぜ?」
ヴァンパイアに向かって太陽は言ったけど、ナイフを零の首に食い込ませたとたん、太陽は刀を投げ捨てた。わざと輝のいる方向に向かって投げたと気がついたあたしは、目を閉じて想像した。
輝と太陽はお互いの事を信頼しあっている。輝が太陽のしようとしている事に気付くのは当然。どんなにあり得ないことでもやりこなす、そんな二人だから大丈夫。上手くいきますようにと。
目を開けた時、あたしは迷わずクロイドの手に握られていた聖水の入ったガラスの小瓶を引ったくった。渾身の力を込めてそれをヴァンパイアに向けて投げた。
絶対に当たる。物語のいい処で主人公やメインキャラは決してミスらない。そう決まっているでしょ? あたしは自分を信じる事にした。いつもは信じられないけど、今信じなかったら捕まっている大事な人達が傷つく事になる。
輝が上手く刀を蹴っ飛ばしてくれたのか、太陽の手の中には刀が握られていて、一瞬でヴァンパイアのいる祭壇までいき、刀を振り上げた。

 第六章 双子の魔物狩人

二人のヴァンパイアは太陽の刀に当たって祭壇(?)の壁にぶつかった。これぞチャンスとばかりにエッセンが駆け出して、クライブは剣を捨てて祭壇に向かって駆け出した。ジャスティスもそれにつられるように祭壇に向かって駆け出した。あたしは剣を握って、太陽に駆け寄った。
メルディは長い黄緑の髪を結い上げて座っていた。白いワンピースが良く似合っている。あたしが考えていたよりもずっと背が高くて、少しびっくりした。エッセンよりも少し高くて意外とカッコいい。あたしはメルディが気に入って、クライブとくっつけたら面白いんじゃないかな? と何気なく考えたっけ?
レイチェルはジャスティスに縄を解いてもらったとたんにジャスティスに抱きついた。すとんとした短い黄緑の髪が優しく揺れていた。メルディとおそろいの白いワンピースが煤で汚れていた。確か物語は、この頼りない二人のキスで終わる。あの物語、結構気に入っていたなぁと思い出して懐かしい気分になる。
その時だった。さっきまで笑っていたクライブが突然意識を失って倒れた。何がどうなっちゃっているのか、一瞬分からなくなったけど、ジャスティスに縄を解いてもらったメルディがあたしをじっと見つめた。
「アンタ、一体何者なんだい?」
「え?」
 あたしは何も分からなくてパニックになるばかり。メルディは冷たい目をあたしに向けて、黙ってあたしを見ている。どうしていいか分からなくなるけど、それでもメルディはあたしから目を放さない。
「アンタは一体何者なんだい? 此処の生き物なんかじゃないのはあたしにだって分かるよ」
「あたしはただの人間で……」
「そう思い込んでるのかい? アンタは別の世界の人だ」
あたしは座り込んでどうしてなのか考えた。
 確かにメルディのいう通りかもしれない。あたしはこの夢の中に生きている訳じゃない。だからって、クライブが倒れた事には関係ない筈なのに……。
そう思った瞬間だった。自分がジャスティスとクライブの物語を書いている時に思いついた裏設定。書くような場所がなかったから書かなかったけれど、クライブとジャスティスばその辺の人間なんかよりも早く死んでしまうっていう。その時は遊び半分で考えた事だったけど、今更夢の中に出てきて皆を困らせるなんて思っても見なかった。
クライブはジャスティスよりも寿命は短くて、近いうちに死んでしまうって設定だった。意識を失って、そのまま心臓が止まる。それはいつ起こるか分からない。ヴァンパイアに血を飲まれたり、魔法使いに何かの魔法を掛けられた時とか何かの拍子で起こってしまう。それを止める事は出来ないって、そんな設定。
あたしは必死で鞄を探ると、ノートを出した。思いついた事をまとめるノートに、あたしはこう書き足した。
『ジャスティスとクライブを助ける方法として』
でも続かない。何を書いていいか分からない。このままじゃ大事な仲間が死んでしまう。そんなの嫌だ、考えろ。あたしはそう自分を急かした。
そして思いついた。メルディがいるんだから、悪魔って事を逆手に取れば……。
『ジャスティスとクライブを助ける方法として、悪魔と血の契約すれば、悪魔として生きる事が出来る』
でもよくよく考えたら、血の契約って設定が何だったか、全く思い出せなかった。 どうしようと慌てて、辺りを見回すと、灰となったヴァンパイアの前で立っていた太陽がすとんとしゃがみ込んだ。太陽は、いきなり胸をぎゅっと押さえて、苦しそうなうめき声をあげた。そんな太陽に駆け寄った輝とサムも苦しそうな顔をして座り込んだ。近くにいた連中は皆、同じように胸を押さえている。
あたしはびっくりして慌てたけど、一度深呼吸をして考えた。大丈夫、想像すれば皆元気になる筈だから。それからゆっくりと目を閉じて想像する。皆元通り笑ってくれる。そんな処を想像した筈なのに、目を開けても皆は胸を押さえて踞っている。次第に建物の壁が歪んで行く。何かが違う、おかしいと気がついた時だった。
目の前にエリカが立っていた。悲しそうな顔をして、あたしをじっと見つめていた。あたしはどうしていいか分からなくなって、エリカを見つめた。
すうっと何かが見えてくる。暗い闇の底みたいな場所に、白いカーテンの靡く真っ白な部屋。でも分厚い壁みたいなのがあって、あたしのいる此処からは凄く遠かった。 エリカは言った。消えそうなか細い声が暗闇に響いた。冷たい風が吹いている。あたしは凍えそうになりながら、足下で呻いている皆をどうする事も出来ずにいるだけ。
「早く戻らなくちゃ……」
「何処に? あたしは太陽達を助けなくちゃ」
「その為にも戻らなくちゃ……」
あたしは泣きたくなる。エリカがこんなに意味の分からない事を言うとは思えなかったから。あの天然ボケが、こんな難しい事、言う筈ないんだから。
 助けなくちゃとは思うけど、さっきまでそばにいたあの連中はもう居なかった。暗い闇の中にあたしとエリカだけが佇んでいる。
「ねぇ、どうしてなの? エリカ、知ってるんでしょ?」
「Nanaが死んでしまったらこの世界は誰も知らないまま消えちゃう。そうなったら皆消えちゃうんだよ」
「あたしが死ぬってどういう事?」
「交通事故にあって、死にそうになってるんだよ。此処はNanaと死の世界の狭間。早くしなくちゃ、皆消えちゃう……」
するとエリカはずんずん近寄ってきて、あたしの背中を押した。目の前には黒い大きな穴が開いている。其処は何処につながっているのかは分からない。深い、深い穴だった。
「早く行って、皆が消えちゃうよ」
太陽達の姿を探して辺りを見回すけど、その姿は何処にも見えない。建物も、太陽達も、皆いない漆黒の闇の中に、怪しい輝きを放つ、漆黒の穴がある。あたしは此処から現実の世界へ帰るのか……。
「早くしないと取り返しがつかなくなるよ」
エリカはそうささやいて、あたしの背中をまた少し押した。
嫌だ、皆が消えてしまうのは嫌だ。あたしの描いた世界は、あたしにしか愛されてない。誰にも愛されなくなった世界は消えてしまう。それがエリカの伝えたかった事なのかと考えながら、あたしは大きく深呼吸をする。
恥ずかしい悪夢だと始めは思ったけど、キャラクター達に会えて嬉しかった。太陽やクライブやエッセンやクロイドは、あたしの描いた世界でしか生きる事が出来ないのだから、あたしは絶対に生きなくちゃいけない。こんな処で死んではいられない。
「大丈夫だよ」
 エリカの優しい声が聞こえて、あたしは持っていた剣をぎゅっと強く握り締めた。大丈夫、そう言ったエリカの声が響いていた。

  第七章 心の中に生きる者達

あたしが目を開けた時、一番に目に入ったのは大事なノートだった。それはあたしの手の中にあって、優しく微笑んでいるみたいだった。
窓から風が入ってきて、白いカーテンが揺れた。病院独特の消毒液の匂いが鼻につく。頭がぼうっとしていたけど、夢の中であった出来事をあたしは忘れてない。
母親が嬉しそうに笑ってあたしを見つめていた。体を起こしてノートを見た。題名は『 In the would where the Gothic Lolita daughter drew it on』で、あたし自身の筆跡だった。筆記体で書かれた読みづらい題名を見つめて、あたしは笑った。大丈夫、そう言ったエリカの声が耳にまだ残っている。
「アンタ何していたの?」
「はあ?」
「車にひかれて死にかけたのよ、分かってる?」
「知ってる」
太陽ならなんて言うだろう、だから何だよとか? クライブだったら母親と仲が悪いから、うるせぇんだよクソババアって感じかな? 
「まだそんなノートを持って歩いていたのね、紙の無駄遣いだって何度も言ったでしょ? そんなの持ってるから車にひかれるのよ」
我慢の限界ってヤツもあるけど、やっぱり一番に思ったのはあたしの大事なキャラクターの生きる世界を貶されたって事。母親や家族に取ってはその程度のノートかもしれない。でもあたしにとってはとても大事なノートだ。命に代えても守る。もう二度と同じものは描けないのだから。
「いい加減にして、アンタにはその程度のノートかもしれないけど、これはあたしの命よりも大事なノートなの。これ以上貶すなら、あたしは道路にでも、線路にでも飛び出すから」
母親はびっくりした顔であたしを見つめていた。でも、もうそれ以上何も言わなかった。あたしはノートを広げた。あたしが見た夢と同じ内容の物語が書いてあった。現実の世界に戻って来た処で止まっている。
あたしは鞄の中からペンを出すと書き足した。クライブはちゃんと元気になって、太陽達は仲良くトレジャーハンターの仕事に出掛けて、クロイドとエッセンは仲間のいる場所に帰った。皆それぞれの世界で幸せになって、笑っている。あたしの描いた世界の中で彼らはこれからも輝き続ける。一番最後にあたしはこう書いた。
『もう二度と会う事が出来なくても、彼らがノートの中にしか存在しなくても、この夢の中で築いた絆は永遠に切れる事とはない。あの夢の中の思い出を抱いて、あたしはこれからも胸を張って生きて行くだろう。』

 エピローグ 真っ白なノート

わたしの将来の夢は作家になる事です。なぜなら作家はどんな白い紙の上も物語を描き出し、白黒の文字だけで美しい世界を描けるからです。
物語の世界には、どんな場所もあり得ます。例えば地球の未来や、地球以外の惑星や、とても遠い昔の国を舞台に、いろんな主人公達がいろんな人生を歩みます。物語は主人公達の人生のほんの少しの部分を描く事が出来る、そんな職業です。
でも、私は思った事があります。物語は人の心に何かを残します。それは悲しい気持ちであったり、幸せな気持ちであったり、いろんな場合があります。自分が自分の物語を読んでくれた人に伝えようと思った事がもし読んでくれた人に伝われば、どんな人も作家と呼べる筈じゃないかと。
その思いが伝わる人が例え一人でも、その人は立派な作家だと呼べると思います。どれだけたどたどしくても、ヘタクソでも、作家と呼べる筈だと思います。
そしてもし、自分の描いた世界を誰かに愛してもらう事が出来たなら、きっとその世界を描いた人は負けないと思います。どんなに自分の文章を貶されても、どんなに批判されても、その人は胸を張って言える筈です。
“それでもこれはわたしの描いた物語だ。誰にも貶される筋合いはない”……と。


           Fine.

In the would where the Gothic Lolita daughter drew it on
55 STREET / 0574 W.S.R / STRAWBERRY7 / アレコレネット / モノショップ / ミツケルドット