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「この娘、死んでしまうのですか?」
「どうでしょう? まだ分かりません」
誰かの声が聞こえる。太陽や輝の声にまぎれて聞きづらいけど、きっとお母さんの声だろう。あのときあたしを馬鹿にした声だ。震えていて、今にも泣き出しそうな感じ。
「こんな時もノートを手放さないなんて、何かあるのかしら」
そう言って、お母さんは動いた。きっと立ち上がったんだと思う。そんな気配を感じる。目を閉じればそんな様子が思い浮かぶ。
「In the would where the Gothic Lolita daughter drew it onって何かしら? あの娘は何を描いたのかしら?」
はあ? あたしはそんな物語は書いていません! 今書いているのは暗殺者の物語ですとか、言いたくなったけど黙っていた。あたしは今、何処にいるのかは分からないけど、きっとまだ思っている。所詮役に立たない物語、書いたって無駄。紙の無駄遣い。資源の無駄遣いだって、そう言われるようなものでしかない。それならいっそ、この世界で笑ってみるのもいいかも知れない。
あたしが目を開けた時、一番に目に入ったのは大事なノートだった。それはあたしの手の中にあって、優しく微笑んでいるみたいだった。
窓から風が入ってきて、白いカーテンが揺れた。病院独特の消毒液の匂いが鼻につく。頭がぼうっとしていたけど、夢の中であった出来事をあたしは忘れてない。
母親が嬉しそうに笑ってあたしを見つめていた。体を起こしてノートを見た。題名は『 In the would where the Gothic Lolita daughter drew it on』で、あたし自身の筆跡だった。筆記体で書かれた読みづらい題名を見つめて、あたしは笑った。大丈夫、そう言ったエリカの声が耳にまだ残っている。
「アンタ何していたの?」
「はあ?」
「車にひかれて死にかけたのよ、分かってる?」
「知ってる」
太陽ならなんて言うだろう、だから何だよとか? クライブだったら母親と仲が悪いから、うるせぇんだよクソババアって感じかな?
「まだそんなノートを持って歩いていたのね、紙の無駄遣いだって何度も言ったでしょ? そんなの持ってるから車にひかれるのよ」
我慢の限界ってヤツもあるけど、やっぱり一番に思ったのはあたしの大事なキャラクターの生きる世界を貶されたって事。母親や家族に取ってはその程度のノートかもしれない。でもあたしにとってはとても大事なノートだ。命に代えても守る。もう二度と同じものは描けないのだから。
「いい加減にして、アンタにはその程度のノートかもしれないけど、これはあたしの命よりも大事なノートなの。これ以上貶すなら、あたしは道路にでも、線路にでも飛び出すから」
母親はびっくりした顔であたしを見つめていた。でも、もうそれ以上何も言わなかった。あたしはノートを広げた。あたしが見た夢と同じ内容の物語が書いてあった。現実の世界に戻って来た処で止まっている。
あたしは鞄の中からペンを出すと書き足した。クライブはちゃんと元気になって、太陽達は仲良くトレジャーハンターの仕事に出掛けて、クロイドとエッセンは仲間のいる場所に帰った。皆それぞれの世界で幸せになって、笑っている。あたしの描いた世界の中で彼らはこれからも輝き続ける。一番最後にあたしはこう書いた。
『もう二度と会う事が出来なくても、彼らがノートの中にしか存在しなくても、この夢の中で築いた絆は永遠に切れる事とはない。あの夢の中の思い出を抱いて、あたしはこれからも胸を張って生きて行くだろう。』