第八章 大切な人達




スウェルはレオンと一緒に居た。ジェーンは一人、部屋でルイズスと話をしている、何の話なのかには興味がなかったから、俺はスウェルを見ている事にした。
二人は廊下を歩きながら音楽の事を話していた。ウィッシュはジェーンの部屋の前でぶつぶつ独り言を呟きながら立っていた。
「どうしたの?」
スウェルがウィッシュに声を掛けた。近くでまた死んだような顔をしながら悲しそうに立っているウィッシュの母親が立っていた。今日は少し嬉しそうだったけど。
「ジェーンを待ち伏せしてるの♪」
「待ち伏せ?」
「うん、告白しようかな? って思って♪」
嬉しそうに笑ったウィッシュはとても可愛かった。俺が見ている限り、ジェーンもウィッシュの事が好きなんじゃないかと何となく思っていたから。
これでやっとスウェルもジェーンをあきらめるだろう。ちょっと傷つくかもしれないけど、あんなチャラチャラした男と付き合うよりはいい。兄貴はスウェルを大事にしてくれそうな男と付き合って欲しいんだぞ、スウェル。例えば、真面目そうなレオンとか、優しそうなグレイとか。
「ふ〜ん、じゃあオレは邪魔しない方が良いな」
レオンはあっさりそう呟くとその場を離れようとする。スウェルがちょっと引きつった笑顔で
「頑張って」
とウィッシュを応援すると、そんなレオンの後ろを追いかけた。
スウェルはその後、泣きながら部屋に戻った。レオンを追い越して部屋に向かって走って行く。ベルモットから逃げた時と同じ、悲しそうな顔をしていた。
その背中を黙って追いかけながら、俺はスウェルが好きな人の幸せを願ってやれるのか、心配していた。
スウェルがウィッシュとジェーンの邪魔をするような奴じゃない事は知っているけど、黙って応援出来るほど強くない事も知っていた。スウェルは其処まで強い女の子じゃない。意外と弱い所があると、俺は知っていた。
後ろから誰かの声が聞こえた。
振り向くと、レオンが後ろからスウェルを追いかけていた。心配そうな顔をしながら、スウェルの名前を呼んでいる。でもスウェルにその声は届いていない。まるで俺がスウェルに何を言っても伝わらないのと同じように……。
「スウェル」
レオンはまたそう名前を呼ぶと、スウェルに追いついて手を引っ張った。淡い茶色の髪は大きく揺れて、青い目が真っ直ぐスウェルを見つめた。
スウェルは泣いていた。レオンの顔を見るや否や、座り込んで泣き始めた。始めは頬を濡らすだけだったけど、次第に嗚咽を上げて泣き出してしまった。
俺はそんなに人を好きになった事がないからよくは分からなかったけど、本当にジェーンが好きだったんだろう。スウェルなりに、ジェーンの事はあきらめようと思っているのも何となく感じられた。でもそれがつらくて、泣いているって事も。
「スウェル、大丈夫?」
心配そうな顔をしたレオンはしゃがむと、スウェルの肩をそっと叩いた。
「部屋に行こう、此処じゃ目立つから」
優しくそう言うと、レオンは黙ってスウェルを立たせると部屋に向かって歩き始めた。
俺は黙ってそんな二人の後ろを追いかけながら、影で二人を睨んでいる男の四人組を横目でちらっと見た。初めて見る顔だったけど、どうやらレオンと同じくらいの歳らしい。背は高いが、まだ幼い顔つきの者が二人いる。
レオンは気付いているのだが、無視しているらしい。一瞬ちらっとその方向を見ただけで、完全に気がつかないフリをしている。その動作で何となく、その方向を見ないようにしているのが何となく分かった。
俺は少し気になって止まった。
ボス格の男が下品な笑いを浮かべて
「あの子、可愛いな」
と仲間に言っている。その他の連中も薄ら笑いを浮かべて頷いている。どうやら、あの子ってスウェルの事らしい。
ボス格の男はスポーツ刈りで浅黒い肌、目つきの悪い奴だ。青い瞳がじっとレオンを見つめている。服装はいたってシンプル。青いシャツに黒のパーカー、破れたズボンにはジェーン以上にじゃらじゃらとアクセサリーがついている。ごっつい体つきでレオンが余計に小さく見えそうだ。ジェーンといるだけでもかなり小さく見えるのに。
他の男達もかなり不良っぽいカッコをしている。ジェーンなんか可愛い方にさえ見えるほどだ。鼻にピアスしている者もいれば、腕に大きな刺青がある者もいる。
おいおい、アレックス。止めろよと思いながら、俺はその四人組を眺めていた。“ベルモット”にも此処までの不良はいなかったから、余計に気になったんだ。
「新入りのスウェルって子らしいぜ」
「何でジェーンやレオンと一緒にいるんだろ?」
「ウィッシュがいるからだろ」
そんな会話を黙って聞きながら、俺は少し考えた。
どう考えてもスウェルはこの連中と一緒にはいないと思う。大体、スウェルの趣味の男って背が高いイケメンなんだよ。それもロン毛の。例えばジェーンみたいな奴。不良は不良でも、ある程度のラインより上は嫌みたいだからな。鼻にピアスとか、刺青とか、絶対に論外だろう。しかも大体は華奢なのに結構筋肉質な感じ。ジェーンが完全なる理想の男みたいな感じだからなぁ。まあ、あんなチャラチャラした男、俺が許さないけどな。
少なくとも、この男達がスウェルを狙っている事は何となく分かった。ウィッシュがその前のターゲットだったらしいって事も。俺もウィッシュは何となく分かる。可愛いし、いい子だからな。多分同じくらいの歳だったら同じように狙っていただろう。
「アイツらには気をつけた方がいい」
突然、後ろからジェラルドが出て来て言った。俺はびっくりして、心臓が止まるかと思った。(既に止まってるけど)
「ジェラルド、びっくりさせるな」
 ジェラルドはそんな事、全く気にしていない様子で四人を見た。俺の顔を真剣な表情でじっと見つめて、本当に気を付けた方がいいといった顔をしていた。
「アイツら、ブラックスピリッツでは有名な不良どもだ。自分達の力を悪用して、悪さばっかりしてる」
「お前、ジェーンは?」
 俺は何となく気になってジェラルドに尋ねた。近くにジェーンがいないのに、コイツは此処で何をしているんだろうと思って。この男なら、ウィッシュとジェーンが上手くいったとしたらその様子を見ていそうなのに……。
「ウィッシュとジェーンがイチャついてるから逃げて来た」
ジェラルドは当たり前、みたいな言い方をして笑った。自分の事のようにとても嬉しそうにしている。本当にジェーンの事を心配しているんだろうなぁと思った。
どうやら、ジェラルドにウィッシュの事で相談でもしていたんだろう。なかなかいい兄貴じゃないか、と思いながら、
「じゃあ、カップル成立?」
と尋ねた。
「ああ、ほっとしたよ」
「ウィッシュの母親は?」
「安心したみたいで成仏したよ」
ジェラルドはまた四人を見た。
「用心した方がいい。ジェーンにも伝えとくけど、アイツらを止められるのはアレックスだけだから」
そして、ふうっと姿を消した。ジェラルドの姿はもう何処にもなかった。映画や物語に出てくる幽霊もこんなふうに姿をふうと消すけど、本当に出来たんだなぁ。長年幽霊をやっているジェラルドって凄かったんだなぁ。
俺はそれから少し考えてドアを通り抜けた。
今の俺にはスウェルを守る事は愚か、話し掛ける事も出来ないのに、どうやって用心しろって言うんだろう? もしかして、俺にもポルターガイストとかいう現象を起こす事が出来るのか?
そんな事を考えていたけど、すぐにどうでもいいかと考えるのをやめた。細かい事にねちねち悩むのは嫌いだから。
スウェルの部屋の中を見た瞬間、レオンは本当にいい奴だなぁと思った。レオンは黙ってスウェルの愚痴を聞きながら、その背中をさすっていたからだ。人の悩みを黙って聞いてくれる人がいるって本当にいい事だよな。スウェルが泣いている時にそばで慰めてくれる人がいるとやっぱり嬉しいし。
レオンは黙ってスウェルの背中をさすった。優しい顔をしていた。慰めの言葉は一切言わないが、とても優しそうな顔でスウェルのそばに座っている。柔らかい口調でレオンは言った。
「スウェルは優しいよ」
「そんな事ない」
「オレは人を好きになった事がないから分からないけど、本当に好きだったのにその人の幸せの為に譲る事が出来るなんて凄いよ」
スウェルは黙って顔を上げた。
「そうかな?」
「そうだって、オレにはそんな事出来ない」
俺は黙ってレオンの顔をじっと見つめた。
スウェルの事が好きなのか、それとも単に友達だから慰めているのかは分からないけど、本当にいい奴なんだって事は分かった。本当にスウェルの事を心配しているんだろう。弱々しいながらも笑顔を浮かべたスウェルを見て、レオンも嬉しそうな顔をしている。
「だから元気出せよ、きっといい人が見つかる筈だから」
「ありがと」
スウェルはふっ切ると呟くと立ち上がって
「じゃ、二人の様子を見に行こう」
と笑った。
 まだ少しつらそうな笑顔だったけど、ベルモットに居た時とは全く違う。明るくて、優しくて、強くなった。スウェルがそういう風に成長してくれて、本当に嬉しかった。
スウェルが元気よく部屋を出ると、レオンもゆっくりとその後ろを追って部屋を出て来た。俺も同じように廊下に出たけど、二人はさっきの四人の男に囲まれていた。
「スウェルちゃんだよな」
「だったら何?」
慣れた様子でスウェルは言う。恐ろしく鋭い視線を連中に向ける。声は低め、冷たい口調だ。
ベルモットに居た時もよくこういう連中に絡まれていたから、対処法くらいはスウェルも知っているだろう。俺はそんなに心配しなかった。
「こっちこいよ、遊びに行こうぜ」
「悪いけど、あたしは何処にも行かないから」
 スウェルははっきりとそう言いきった。ジェラルドが注意しろって言うくらいだから、相当危ない連中なんだろうけどスウェルは何も知らないから気にせずいい続ける。
「あたし、あんた達とつるむ気はないから」
いきなりボス格の男がスウェルの腕を掴んだ。浅黒い、背の高い男だ。めちゃくちゃごっつい。レオンがめちゃくちゃ小さく見える。
「調子に乗ってんじゃねぇ」
「アンタこそ、初対面の人にそんな口調で話し掛けていいと思ってる訳?」
スウェルはにこっと一瞬微笑むと、その手を捻り上げた。
「それでもホントに暗殺者?」
スウェルは挑発する。おいおい、やめろよと思いながら、俺は黙って見ている。
「放せ」
その時だった。突如男はスウェルの目の前から消えた。スウェルの足下に突っ伏していた。頭には大きなたんこぶがある。
「オレの可愛いスウェルに触るな」
ジェーンの声だった。恐ろしい形相で男を睨んでいる。握った拳は完全に殴ったあとの位置で止まっている。どうやら、ジェーンがこの男を殴ったらしい。暴力を振るうようなタイプには思えなかったから本当にびっくりした。
「何しやがる」
男は立ち上がるとジェーンに向かって拳を握った。すぐそばで黙って見ていたレオンがジェーンを思いっきり突き飛ばし、男の拳をいとも簡単に受け止めた。ぱぁんと音が響いたけど、レオンは黙って立っている。
「落ち着けよ」
「レオン、お前は関係ない」
「関係なくて悪かったな、でも暴力には賛成出来ないから」
男の仲間三人がおでこを強打して踞っているジェーンとレオンを囲んだ。スウェルは心配そうにそんな連中とジェーンとレオンを見つめる。
「何やっているんだ」
今度はアレックスがその場に現れた。さらさらのオレンジの髪を乱して(どうやら寝癖らしい)、ウィッシュがその前を走っている。
「もう結構年なんだから、走らせるような事をするな」
そう言ってから、レオンの顔をじっと睨みつけている男の腕を引っ張って
「お前、暴力はやめろと言ったよな」
「だったら何だよ」
「麻薬は好きなだけやれば良い、やって自分だけがあとで後悔するといい。でも人を傷つけるなと言っただろ?」
仲間の一人がアレックスに向かって殴りかかった。アレックスは何事もなかったかのようにその手を払いのけ、押さえつけてしまった。それも片手で……。
「誰にも内緒でHORIZONのメンバーに会わせてやるって約束も忘れたか?」
「どうせXはいないんだろ?」
「特別に頼んでやっても良いけど」
 アレックスは落ち着いた様子で二人から手を放すと、心配そうにジェーンの前にしゃがんだウィッシュと、未だ踞ったままのジェーンの方を見た。
「マジかよ」
「でも、この調子じゃ会わせてやれないな。ジェーン、代わりに行くか?」
「いくいく!!!」
急に飛び起きたジェーンはウィッシュと手を繋いで
「ウィッシュとオレとレオンとスウェルのメンバーがいいな」
「いや、どうせならこの連中以外全員だろ」
「マジで?」
「ああ、お前らはその辺で酔いつぶれるまで安い酒でも飲んでりゃいい」
アレックス、意外と冷たい事を言うんだなぁ。優しそうな顔をしているくせに……。
「誰がっ」
「それともエクスタシーを使って一人でハイになってるか? 今は昔と違って安くなったからいくらでもやれるだろ?」
この男、どうしてエクスタシーなんて業界用語を知ってるんだろ……。ちなみにエクスタシーってのはMDMAの事だけど。最近の麻薬はもう少し危ないもの(化学物質の塊)が流行っていて、エクスタシーとかコーク(コカイン)みたいな昔からある麻薬は滅多に使わない。戦争中はかなり主流だったみたいだけど。
「別にドラッグのやり過ぎで死んでも私は困らないから勝手にやるといい」
「あのさぁ」
ジェーンが突然アレックスに向かって言った。
「エクスタシーって、何?」
「MDMAだろ、知らんのか?」
「知らねぇ」
まあ、学校なんか廃止になっちゃってから、麻薬に対する知識って全然ない奴もかなりいるから、ジェーンは別に不思議じゃない。でも、本当にどうしてこんな事を知ってるんだ、この男。
「もっと安いアンパンでもやってるか? お前にはお似合いだな」
「アレックス、それはオレ達にもわからねぇ」
男の仲間が言った。
アレックスはびっくりした顔で
「知らんのか? 変わったんだなぁ、昔と」
と言って二人から手を放した。男達とジェーンとレオンは騒ぎをやめていた。ある意味凄いなぁと思っていると、男は言った。
「いつの話だよ」
「何年も前だよ」
アレックスは笑うとジェーンをちらっと見て、とっとと部屋に帰れと目でいい、男の腕を掴んだ。
「さて、仕事の出来について聞かせてもらおうか」
「はぁ〜?」
ジェーンとレオンはほっとした顔でウィッシュとスウェルの腕を引っ張った。
「もう行こう」
ジェーンはそう言って、スウェルの手をそっと引っ張った。ウィッシュはそんなジェーンに笑いかけて
「散歩に出ない?」
と言った。ジェーンは幸せそうに頷いた。















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