第六章 凄腕暗殺者の背負うモノ




翌日、俺は黙ってスウェルの後ろを飛んでいた。
何となく、考えていた。会う幽霊達、皆に「スウェルは強いから大丈夫」って言われているけど、その意味が何なのかだ。ブラウンとジェラルドにも言われたけど、俺にはその意味が分からない。
確かにスウェルは強いけど、でもそういう事を言っている訳じゃない気がする。ケンカとか、力とか、銃器の扱いとか、そういうものじゃない。でもそれが具体的には何なのか、分からなかった。
スウェルは立ち止まった。
その場所は玄関で、靴箱とスリッパが並んでいる。白い床には黒いマットが敷いてある。ちょうどそのマットを挟んだ向かい側にセシルが立っていた。
セシルはいつもと同じ白いワンピースを着ていた。其処には真っ赤な血が飛んでぐっしょりと濡れている。髪も真っ赤に染まり、金髪だったなんて思えないような色になっていた。
「セシル……どうしたの」
少し小さなスウェルの声が聞こえた。小刻みに震えているので、俺はスウェルの隣りに降りた。今にも泣き出しそうな顔をしている。手が震えていたけど、セシルは気付いていない素振りをしている。
「仕事よ」
セシルは当たり前のように言った。まるで氷みたいな冷たい視線をスウェルに向ける。悲しそうで寂しそうな、冷たい視線だった。
ジェーンとジェラルドがスウェルに気がついて近寄って来た。
俺は一瞬ジェーンの方をちらっと見たけど、すぐにスウェルとセシルに視線を戻した。
何も出来ない自分が嫌で仕方がない。どうして俺はスウェルに何も言ってやれないんだろう。目の前にいるのに触れられない。目の前にいるのに伝えられない。こんなに腹立たしい事ってないだろ?
「セシル、早く風呂に行けよ」
 ジェーンは少し離れた所から言った。それからスウェルの肩をそっと叩いて
「何か飲もうぜ」
と微笑んだ。そっと肩を抱こうとしたのを見て、俺はジェーンの髪を少し引っ張って
「余計な事するな」
と囁いた。
ジェラルドが近くで腹を抱えて笑っているのを腹立たしげに睨みつけたジェーンは、何も言わずスウェルの手をそっと握って歩き始めた。本当は触るなって言ってもよかったんだけど、ジェーンに手を握られた時にスウェルが安心したような顔をしたから黙っていた。
「セシルの事、怒ってやるなよ」
ジェーンは歩きながら素っ気なく言った。なんて言ったらいいか少し考えているような顔をしながら、前を見ていた。
「うん」
「セシル、父親に売られて来た事を気にしてるんだから」
「売られたの?」
「そ、金がないから娘を売ったんだってさ」
ジェーンは玄関からそんなに離れていない食堂のドアを開けた。立ち止まったスウェルの手を放すと、そっと背中を押した。友達としてだって顔をして、後ろにいた俺とジェラルドに向かって視線を投げかけると黙って中に入って行った。
食堂にはウィニットとグレイとウィッシュとレオンがいた。ウィニットとグレイは一番隅のテーブルに並んで座っている。入り口に近い所にはウィッシュとレオンが座っていて、他にはロボットしかいない。
珍しくとても静かだった。いつもは人が一杯ですごく騒がしいのになぁと思いながら、俺はドアを通り抜けた。ジェラルドが後ろから追ってドアを通り抜けた。
入り口に一番近いテーブルでウィッシュとレオンが何かを飲んでいる。どうやらコーヒーらしい。ウィッシュのはミルクたっぷりって言わんばかりに白っぽくなっている。レオンのはどう見たって何も入れてないコーヒーですって感じだ。
「スウェルは何を飲む?」
ジェーンは優しい口調でそうスウェルに尋ねた。
「ジェーンと同じの」
「オレ、紅茶オタクだからこだわるぞ」
「あたしも紅茶好きだから」
嘘つくな、スウェルは紅茶全く飲めないだろ!! オレと同じコーヒー派だろっ!! 一人で勝手にそうスウェルに向かって怒鳴っているのを見て、ジェラルドがまた馬鹿笑いを始めた。
ジェーンはそれを聞いて含み笑いを漏らしながら、スウェルに背中を向けてカウンターの方に向かって歩いて行く。オレはそんなジェーンについて行って
「スウェルは甘いのが好きだから、砂糖は多め」
と言ったのに、ジェーンは吹き出して
「親バカ」
と呟いただけだった。
ゆっくりと時間を掛けてジェーンは紅茶をカップに注ぐと、レオンとウィッシュの隣りに座っているスウェルの前に甘い匂いのする紅茶を二杯、そっとテーブルに置いた。
紅茶ってもっと、苦そうな匂いしなかったっけ? と思いながら、俺はスウェルの隣りに降りて行って後ろからマグカップの中を覗き込んだ。茶色の透明な液体、何処からどう見たって紅茶が白地に赤いハート柄のマグカップに入っている。
「甘い匂いがする」
 スウェルはそう言ってジェーンを見た。ジェーンはにっこりと笑って
「バニラティって言うんだ」
と言うと、レオンとは反対側のスウェルの隣りに腰掛けた。
 ジェーンは幸せそうに微笑みながら、砂糖も入れずに紅茶をズルズルとまるで老人が緑茶をすすっているようなカッコで飲み始めた。
「くぅ〜っ、紅茶最高!!」
そして空になったマグカップを放り出し、酔っぱらいみたいにテーブルに突っ伏した。
「ジェーン、ジジイみたいだよ」
ウィッシュがそう言って、立ち上がるとマグカップを持ち上げて
「おかわり?」
と尋ねた。相変わらず優しそうな口調だ。部屋の隅っこで死んだような(くどいようだけど死んでいる)顔をしている母親とは全く違う雰囲気で、本当に親子なのか分からなくなる。
「自分でいれるよ」
ジェーンはそう言って微笑むとスウェルを見た。やっと笑いが止まったらしいジェラルドが、ジェーンの隣りに腰掛ける(触れられないから座ってないけど)とそんなジェーンの背中をバシバシと叩きながらジェーン、最高!! と一人で騒いでいる。ジェーンはそれを完全に無視し、スウェルをじっと見つめた。
「おいしい?」
 スウェルは嬉しそうに笑って頷いた。
「おいしい」
スウェルの満面の笑顔って何年ぶりに見ただろう。
小さかった頃は嬉しそうによく笑ってくれたけど、最近全く見なくなったから余計にキラキラと輝いて見えた。正直言って、俺には少し眩しすぎた。
「ホントか? よかった」
 ジェーンはにっこりと笑うと意味不明な紅茶の話を始めた。ジェラルドが騒ぐのをやめて部屋を出て行く。ウィッシュとレオンは黙ってマグカップを片付け始めた。
聞きたくなかったから、俺は二人のマグカップを見る事にした。
ウィッシュのマグカップはピンク色で、下に名前が書いてある。赤い大きなハートマークがとても可愛い。小さめのマグカップで、ティカップに近いような形をしている。何も入ってはいないが、底には“今日も一日ご苦労だった”と白い文字で書かれていた。
「茶葉は最高級のアッサムでこくのある味なんだけど、そこにバニラの葉っぱを混ぜてるんだ。甘い匂いがして濃厚な感じになって、アッサムと絶妙にマッチするんだよ!!」
「へ〜」
レオンのはそれに比べてシンプルだった。服と同じ水色のカップには濃い青のチェック模様が入っている。取手に小さな判子のような四角い模様が入っていて、それはよく見ると“れおん”と書かれていた。それ以外には何の模様もない。
「オレはアッサムをストレートで飲むのも好きなんだけど、ミルクを混ぜるのも好きなんだ。ダージリンとセイロンも捨てがたいけど、ウバが一番かな。」
「へ〜、そうなんだ」
「おう、それとレディグレイも好きなんだよ。でもアールグレイはあんまり好きじゃないんだよなぁ。あのフルーティさが混じるといい感じなんだけどなぁ」
どのカップにも名前が書いてあるのかと思って、何となくジェーンのマグカップを見た。
ジェーンのは大きめで、薄い黄緑だ。斜め下の位置に大きな一枚の葉っぱイラストが書かれている。葉っぱは濃すぎず薄すぎずの柔らかい緑色で書かれていて、丸い形をしている。底にはジェーンと名前を書いてあった。
「オレンジペコーも好きなんだけど、アップルティもいいよな。昔は自然の中で育っていたからもっとおいしかったみたいだけど、今も最高に美味い。あの香りがいいんだよ」
「へ〜」
スウェルが全く聞いていないような顔で音を立てて紅茶をすする。戻って来たウィッシュとレオンがやれやれと呟いた。スウェルは二人を見ながら、やっぱり幸せそうに紅茶を飲んでいる。
「で、結局ウバが一番好きなんだろ?」
レオンがそう言って、ジェーンのマグカップを握ると
「お前の嫌いないれ方でいれてくるよ」
と笑った。完全にジェーンをからかっている。そんなにジェーンは紅茶に執着してるのか? と思いながら、俺はジェーンを見た。
「駄目だぁ〜! カップはまず暖めて、ゆっくり蒸らすようにいれなくちゃ!!」
 ジェーンはそう言って、カップを奪い返すとレオンをギロッと睨みつけた。セシルを言っていられないような冷たい視線に一瞬ドキッとしたけど、レオンはそんな事にいちいち気に留めないのか
「そんな面倒な事はしなくていい。カップに葉っぱをいれて、熱いお湯を注いだらそれでOK!」
とふざけた調子で笑っただけだった。
スウェルはそんな言い合いをしている二人をほとんど無視で黙ってカップを置いた。満足そうにため息をつくと幸せそうに微笑んだ。
「ジェーン、おかわりいれて」
スウェルは笑ってジェーンの袖を引っ張った。
 ジェーンはレオンと言い合いを続けていたのか、スウェルに
「スウェルはちゃんといれる派だよな?」
と訊いた。スウェル、全く聞いてなかったんだけどなぁと思いながら笑った。何はともあれ、スウェルが幸せそうだから嬉しい。俺は素直に喜んでいた。
「は?」
「カップを暖めて、蒸すようにいれるよな?」
「いつもティーバッグだから」
ウィッシュがスウェルの隣りに座って
「そんなのどうだっていいから、早くおかわりいれてきたら?」
ウィッシュはそう言って、鼻で笑うと
「まあ、ジェーンとレオンは低能だからそんなふうにケンカ出来るんだろうけど♪」
と冷たく言った。
二人がその後、ウィッシュに向かって何か騒いでいたけど、ジェーンは口に出して言えないような目にあった。つまり、半殺しだな。こういうのをケンカするほど仲が良いとは言わないと思うけど。
そんな訳でジェーンが怪我の手当を受けている間、ウィッシュとスウェルは二人になった。俺は女同士の会話って何を話すのかなぁ? と何となくその場に居座る事にした。
レオンはジェーンについて行ってしまった。
俺は自分の弟の不幸を笑っているジェラルドがジェーンについて部屋を出て行くのを見ながら、ジェーンって大変なんだなぁと思っていた。
スウェルは自分でさっきジェーンが使ったばかりの紅茶の葉を出すと“ベルモット”に置いていたティーバッグと同じくらいをコップに入れて、ポットのボタンを押した。
「これでいいのかなぁ?」
そう言って、マグカップを覗き込んだスウェルに、ウィッシュは笑って
「大丈夫、ジェーンみたいにこだわらないなら同じだよ♪」
と言った。
二人は仲良く並んで座りながら、食堂に入って来た裸足のセシルを見た。
「ちょっとウィニット、髪結ってくれるんじゃなかったの?」
「今忙しい」
「忙しくなんかないでしょ?」
セシルはウィニットに向かってうるさく騒いでいるけど、その近くで完全に無視しているグレイが幸せそうに林檎を齧っている。
なんか、凄く変。ちょっとくらいウィニットの味方してやれよ、と俺は思いながらそのすぐそばで笑っているブラウンを見た。優しそうな笑顔で三人を見守っている。どうしてコイツはいつもこんなに優しそうな顔で見守っているんだろう。目の前にいるグレイに伝えたい事があるから、今もこうして漂っているんじゃないのか。もしかしたらジェラルドと同じで幽霊暮らしを楽しんでいるのかもしれないから黙っていた。
スウェルは突然言った。
「セシルって、どうして人を殺せるのかな?」
「ん〜、好きで殺してるんじゃないと思うよ♪」
ウィッシュは少し小さめの声で言った。セシルに聞かれない程度の声だ。まあ、これだけ離れていたらいくら地獄耳でも聞こえないだろう。
「セシル、小さい頃に売られたらしいから」
「売られたって?」
「あたしもよくは知らなんだけどね、セシルの父親は金持ちだったらしいんだけど、毎日宴会とかしていたからお金がなくなって、ブラックスピリッツにセシルを売ったとか……」
「酷い」
「セシルもそれを気にしてるんだよ。ちゃんと仕事しなくちゃ、アレックスに売られちゃうんじゃないかって」
珍しくウィッシュが真面目な口調で話を始めた。いつもは語尾に♪がついているのに……。
「そうなのよ、私なりにいつも悩んでるの」
突然、何処からともなく現れたセシルが二人の後ろでうんうんと大きく頷いた。
「セシル?!」
「あの馬鹿、今頃私を売ったお金で遊んでるわよ」
大マジメな顔でセシルは笑った。皮肉っぽくだけど、本当は凄く強いんだろうなぁと思った。精神的にも、身体的にも。俺だったらきっと悩み倒して泣いている。こんなに明るく皮肉を言えるほどの元気はないだろう。
「セシル、どうしてそんな事言うの?」
「だって本当の事だもん」
セシルは明るく笑うと、スウェルの隣りに座った。心配そうな顔をしているウィニットを見てから
「それに、私はあの頃みたいな生活より今の方が好きだから」
とにっこりと笑った。
「ねぇ、そんなに嫌な生活だったの?」
「まぁね」
セシルはにっこりと笑うと話を始めた。

私はいつも部屋でぬいぐるみと遊んでいた。危険だからと外に出る事も許してもらえなかった。まぁ、ゲート・オブ・ヘルに昔から住んでいる貴族だからなんだろうけど、せめて街を眺めながらゆっくり散歩くらいしたいと思わない?
そんなワガママ言っていたって、私は屋敷から出られない。仕方のない事なのかもね。昔は凄くきれいな港街だったゲート・オブ・ヘルも今や昔の面影すら残していない恐ろしいスラム街になっちゃったんだから。
それなのに遊び相手はいない、何もする事がない。母親の着せ替え人形にされるのにも、もう飽きた。やる事なんか何もない。ぬいぐるみに話し掛けるのも、寂しいだけで楽しくなんかない。
そんな時だった。ゲート・オブ・ヘルが戦争に負けたと、私はラジオで知った。父親は財産をほとんど戦争に投資していたから、貯金がほとんどなくなったと、母親と話をしているのを聞いた。
「どうする、このままではホームレスになるぞ」
「そんな事言われても……」
母親と父親はそんな調子で何時間も話し続けた。私は雇っていた女の人に言われて部屋に居た。壁に耳を押し当てて、何の話をしているのか盗み聞きをしていたの。
でも私は幼すぎて、それが何の話なのか全く分からなかった。でも翌日にはそれがどういう事なのか、よ〜く分かった。
私は翌日、父親に連れられて出掛けた。
長い旅行に行くんだとか、訳の分からない事を言われて、自分の服と荷物をちゃんとまとめた。それを父親が持って、私はお気に入りだったぬいぐるみを抱いて、母親に見送られて出掛けた。
そう、私は出掛けたつもりだった。
でも父親と母親は泣きながら私を見送ったわ。酷く悲しそうに泣きながら、私を見て泣いた。痛いくらい抱きしめてから、母親は私に手を振ってようやくいってらっしゃいと言った。
それがどういう事なのか、全く分からなかった。気にもしなかったから、私は大人しく従って車に乗った。遠離って行く母親を見ながら、私はわくわくしていた。
何処かに連れて行ってくれるんだ。何処に行くのかは分からないけど、でもきっと楽しい筈。嬉しくて、仕方がなかった。
ついた場所は此処、ブラックスピリッツだった。
父親が何処かからゲートを越えるパスポートを買ったのは知っていたけど、まさかブラックスピリッツに娘を売り飛ばすためだなんて、ちっとも知らなかった。
私はお気に入りのぬいぐるみを抱いてブラックスピリッツに入った。いろんな人達が楽しそうに行き来する廊下を見ながら、私はわくわくしていた。しばらくは此処で暮らすんだと思うと嬉しかった。
父親は私に遊んでいるように言うと、私を廊下に残してアレックスと一緒に部屋に入って何かの話を始めてしまった。面白くないなぁと思いながら、私は辺りを眺めていた。
その時ちょうど、アレックスにくっついて歩いていたらしい、グレイと会った。初めて同じ歳の子に会えて凄く嬉しくて、すぐに仲良くなった。
グレイはブラウンと一緒に居た。私は二人と一緒にいろんな話をしたし、ブラックスピリッツの中を案内してもらったりして、凄く楽しかった。
でもその後すぐ、父親が私に言った。
「セシル、これからは此処で暮らすんだよ」
「どうして?」
「もうパパはセシルと一緒にいられないからだよ」
私はそれっきり、一度も父親に会ったことがない。母親にも。家族だった筈の人達とは一度もね。
始めのうちは年上の人達が優しくしてくれるからブラックスピリッツが好きだったけど、私はすぐに暗殺者として働く事になった。よくは分からなかったけど、射的が得意だったからだとか言われた。
私はその時八歳だった。
いきなりB班の主役として、私は仕事に行く事になった。
スウェルは知らないかもしれないけど、ブラックスピリッツは三人一組の班で構成されている。主役はその班のリーダー、重役がその補佐、脇役が援護って決まってる。
つまり、私はいきなりリーダーにされちゃったのよ。
始めは仕事が何なのか分からなかったし、かごの中の鳥じゃなくなったから何処にでも好きに出歩けるって事が嬉しくて何処に行くのも楽しかった。
でも、その場で見たものは、血の海と硝煙と返り血に染まった仲間の手だけ。自分がどれだけ嫌な場所に売られたのか、初めて知ったわ。
売られて来たんだから、嫌だなんて言えないし、私は我慢していた。それでもすぐに我慢が出来なくなった。まあ、所詮世間知らずの私にはブラックスピリッツを飛び出して、どうする事も出来ない事くらい分かっていた。だから冷酷になるようにって努力したのよ。
殺す事に何の躊躇いも持たなければ怖くない。恐ろしくない、傷つかなくてもいい。私はその為に必死だった。どんなに努力したって、自分の手が返り血で真っ赤に染まる事になれる筈なんかないのにね。
私は父親と母親を恨んでいない。
私よりもずっと世間知らずの両親はホームレスになってから餓え死ぬしか道がなかったのよ。私を連れて餓え死ぬか、私をブラックスピリッツに売りとばして、自分達は今までと同じ楽しい貴族暮らしを続けるか、どちらかしかなかった。
私を死なせたくなかったとそう思っていると考えると、馬鹿だった両親なりに、私の幸せを願ってやった事だと思う。そう思えば、両親を恨む理由なんてないから。それにきっと、二人がマトモな神経の持ち主なら、自分達のやった事に罪の意識を感じて反省していると思うわ。両親がその罪の意識を持ってこれからもずっと生きていくのだから、それで十分よ。
それに何より、ブラックスピリッツでの生活は昔よりもずっと楽しいから。

セシルは少し悲しそうに微笑んだ。スウェルとウィッシュが黙ってそんなセシルを見つめた。悲しそうな顔をしている二人に向かってセシルはにっこりと笑った。
俺は何でも屋だ。
暗殺者や殺し屋と同じような汚れ仕事を請け負う事もある。だから何となくだけど、彼女の言っている事が分かった。仕事は嫌だけど、仲間は皆いい奴で仕事をやめられない。それが俺。
セシルは仲間がいい奴だと思っていて、仕事は嫌いで、彼女を其処へ追いやって豪遊している両親にそれなりに腹が立っているんだよな。俺と違って、金で売られたんだから、その仕事をやめる事も出来ない。だから余計に腹が立つんだよ。でも、その罪の意識をきっと感じているだろうからそれで十分だと思っている。セシルはやっぱり強いと、そう思った。
「そんな顔しない、私は悩んでないんだから」
スウェルとウィッシュに向かって彼女はにっこりと笑った。
とても明るい笑顔だった。自分の過去なんかふっ切ったって感じがする。本当は何処かで引っ張っているんだろうけど、それを必死で隠そうとしているのかもしれない。
俺は辺りを見回した。グレイとウィニットが心配そうに遠くからセシルを見ているけど、セシルはそんな二人に気がつかない。
「セシルぅ〜」
ウィニットがふざけた顔でセシルに抱きついた。むっとした顔のセシルがそんなウィニットを振り払おうと必死になっているのを見ながら、グレイとブラウンが笑っていた。ブラウンが其処にいる事をグレイは知らないのに、二人は仲がとても良さそうに並んで笑っている。
「オレの前では泣いてくれよ〜」
「ウィニット、放して。訴えるわよ」
ウィッシュが笑いながら、そんなセシルの肩を叩いて
「彼女だったらそんなふうに怒らない」
と言って大笑いをする。
 セシルとウィニットは少しの間、顔を見合わせてそれから笑った。ウィニットは嬉しそうに微笑んでセシルをぎゅっと抱きしめた。鬱陶しそうにウィニットを押しのけたセシルは幸せそうだった。二人でふざけているのが好きなんだろうなぁ。
「セシルぅ〜」
「気持ち悪い〜」
 そんな事言ってはいるけど、やっぱりお互いすきなのかなぁ? と何となく考えた。笑った二人がとても幸せそうだったから、余計にだろうか?
スウェルもいつかはこんなふうに彼氏を作って幸せだって行って笑う日が来るんだろうか? ジェーンだけは嫌だけど(でもスウェルはジェーン好きみたいだし……)、でも兄貴としてそばにいてスウェルを守る事はもう出来ないんだ。ジェーン以外の人間と話も出来ない、姿も見えない、触る事すら出来ない。そんな俺にはもう見守る事しか出来ないんだ。スウェルが心から幸せだって笑えるのなら、それが誰でも別に構わないんだけど。











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