第四章 彼の“親友”と写真




昼過ぎ、派手なピンク色の髪の女の子が仕事から帰って来たらしい。スウェルとレオンとジェーンの三人がその女の子と話をしていた。
長いピンク色の髪を垂らしていて、大きな青い目をしている。かなり可愛い顔をしていて、背は女の子にしては高め、流行の黒のフリフリしたへその見える丈のタンクトップに黒のブーツカットのGパン、大きなピンクのリボンが付いた黒のパンプスのカッコだ。胸には金色の鎖の大きな赤いハートのペンダントをつけていた。
彼女はウィッシュと言う名前らしい。ジェーンとレオンとはかなり仲が良いらしく、楽しそうに話をしていた。
スウェルの事が凄く気に入ったらしく、すぐ仲良くなった。兄として、スウェルがちゃんと友達を作れた事にほっとしていた。そんなに心配する必要は無かったみたいだったけど、ほっとした。
ウィッシュの後ろにもジェラルドやブラウンと同じように幽霊がいた。彼女の後ろの幽霊は、女の人でかなり年寄りっぽい顔をしたおばさんだった。安っぽい香水の匂いがしていて、生え際が茶色いぱさぱさのブロンドの髪をアゴの辺りで切り揃えている。短めのスカートに胸元の開いた黒いシャツのカッコだ。
女の人は死んだように(死んでるんだけど/笑)ウィッシュの後ろを力なく漂っている。ジェラルドやブラウンは死んでいるのに凄くいきいきしていた。だから、少し不自然に見えたんだ。
ジェラルドは俺に向かって手を振ると、ジェーンの後ろにふよふよと漂っている。また思ったけど、ジェラルドはジェーンの後ろを漂っているだけの幽霊暮らしが気に入っているらしい。幽霊暮らしが幸せだなんて、ジェーンにジェラルドが見えるっていう特殊な能力があるからだろうけどやっぱり羨ましい。
俺は黙ってそんな幸せそうなジェラルドにそっと近寄った。
「あの女の人は?」
「ウィッシュの母親、ウィッシュは嫌ってるけど良い人だよ」
ジェラルドは小さくそう返すとウィッシュとジェーンにくっついて部屋を出て行ってしまった。
スウェルとレオンは二人で何かを話しながら、すぐ近くの食堂って札の部屋に入って行った。何も言わずにただ二人は笑っていた。
俺は二人を追う事にして、ドアを通り抜けた。
食堂にはいろんな人(スウェルよりもずっと年下そうなガキとか、大学生くらいの人とか)がいた。皆コーヒーやジュースを飲んでいて、和んでいる。
広い食堂の隅には古びたアコースティックギターがカッコ良く飾られている。長いテーブルがいくつも並んでいて、その奥にある大きな台所のカウンターにはグレイとふよふよと浮かんでいるブラウンがいる。カウンターの向こうにはロボットが一台働いていて、忙しく走り回っている。
スウェルとレオンはカウンターに一番近いテーブルの端に腰掛けた。
近くには金色の髪の不思議な女の人が座っている。歳はグレイと同じくらいで背は低め、ストレートの金色の髪を高い位置でポニーテールに結い上げている。体系は痩せている訳でも太っている訳でもない、いたって普通。白いワンピースを着ていてかなり大人っぽく見えるのに、幸せそうに苺味とか書かれたアイスを頬張っているのを見ている限り、グレイよりは年下だなぁと思う。
彼女は幸せそうにため息をついて
「仕事のあとのアイスっておいしいと思わない?」
とグレイに向かって話し掛けた。カウンターでコーヒーを飲んでいたグレイは振り向いてにこっと笑うと
「思う」
と言った。
レオンは立ち上がると
「セシル、ダイエットはやめたのか?」
と尋ねて笑った。
 セシルって確かグレイの友達だとかブラウンが言ってなかったっけ? 
 スウェルが不思議そうな顔をしてセシルを見た。セシルはむっとした顔でアイスのカップを置くレオンをじっと見つめた。セシルとレオンは親しそうに話を始めた。
「レオン、その人は?」
「ああ、会うの初めてだっけ? セシルだよ」
スウェルは立ち上がるとセシルの所まで行って
「初めまして」
とにこっと笑って言った。
「初めまして、セシルよ」
 レオンはスウェルとセシルを順番に見て
「セシルはオレとスウェルのチームメイトだよ」
とスウェルに告げた。
「ああ、じゃあスウェルなんだ」
そう聞いたセシルの顔は急に明るくなり、嬉しそうににっこりと微笑んだ。
「よかった、仲良くなれるか心配してたの」
スウェルは嬉しそうに笑って頷いた。
「あたしも」
それからしばらくして、スウェルとレオンは仕事に行く事になった。
オレンジ頭のオッサン(どうやらコイツがアレックスらしい)が二人に書類を渡して
「頼んだからな」
と低い声で言った。
 レオンは仕事内容を聞いて少し嬉しそうだった。暗殺者の仕事の何がそんなに嬉しいんだろうと思いながら、俺はスウェルの後ろを漂っていた。スウェルは浮かない顔をしていたから、オレは心配でスウェルをじっと見つめていた。
アレックスってオッサンは、建物の中が昔の季節で言う夏の少し前くらいの気温に保たれているのに厚手のスーツ姿だった。オレンジ色の短く切りそろえた髪はさらさらと揺れている。耳朶に小さな傷跡みたいな物があったから、昔は大きめのサイズのピアスをしていた事が何となく分かった。背はいたって普通だったが、何処か雰囲気があって不思議な気分になる。
レオンは書類を片手にアレックスの部屋の隅に飾られた小さめのエレキギターを見て
「ずっと思ってたんだけど、食堂のギターもアレックスの?」
尋ねた。
「其処にあるのも食堂のも私の姉の物だ」
そう言ったアレックスは少し嬉しそうだった。
オレは部屋の中を見回した。
飾り気の無い白い壁紙に茶色のクローゼット、茶色のドア、茶色の家具が並んでいる。そして隅っこにぽつんと、小さな赤いエレキが飾ってある。アレックスの座っている小さなデスクの端には倒された写真立てがある。
スウェルはそれをじっと見つめて
「その写真立て、何?」
と突然尋ねた。
「秘密、だな」
怪しく笑ったアレックスは写真立てをスウェルとレオンに見えないようにデスクの引き出しの中にしまったが、オレには一瞬見えた。

その写真には金色の長い髪の男と、茶色の髪の男、それに何人かの人間がポーズを決めて笑っている写真だった。中央に映っている二人の男は恥ずかしそうに笑いながら一本の赤いギターを支えている。写真の下の部分に小さく『HORIZONとリッちゃんとグルー、卒業だぁ〜!!』と子供っぽい字で書かれていた。
それを一瞬見た時、二人の男の顔しかよく見えなかったが、分かった事が一つだけある。中心に映る金髪の男は目の前で怪しく微笑むアレックスだって事だ。かなり昔の写真なんだという事は分かったが、誰がどう見たって同じ事を言うだろうが、間違いなく中心の男はアレックスだ。
でも結局それがどういう事なのかはよく分からないまま、俺はスウェルとレオンの二人と部屋を出た。そのアレックスはギターを見て笑っていた。その指先には皮が剥けていて出っ張った正真正銘ギターダコが残っていた。

外に出ると、小さくピカピカの車が止まっていた。中にはさっきの写真の中央の男(金髪じゃない方)が乗っていた。
「よっ、久々だね」
そう言って陽気に笑った顔には何となく見覚えがあった。誰なのかなんて全く分からなかったけど、レオンの次の一言で思い出した。
「お久しぶりです、大統領」
そうだ、この男はこの地球の頂点に立つ大統領だ。昔は地球全体のトップに立つ人なんていなかったが、第三次世界大戦で二つにまとまったヘルとヘブンの戦争も終わったつい最近、選挙で決まった三代目の大統領がこの男、リチャード・エアロンだ。そうか、あの写真のリッちゃんってリチャード大統領の事だったのか……。
「その子は?」
「スウェルです、オレの新しいチームメイト」
「ああ、セシルの言ってた子ね」
奥から顔を出した黒髪の女の人は優しそうに微笑んだ。大人びた顔立ちだが、何処か子供っぽい印象を持った。痩せていて、とても長い足が印象的だ。黒いどんな物も見透かすような漆黒の瞳が真っ直ぐ二人に向けられていた。
セシルの仕事って、この女の人とやっていたのかなぁ? と思いながら、オレはニコニコしながら乗り込んだレオンとその後ろを元気もなく乗り込んだスウェルの後ろを追いかけて乗り込んだ。
「初めまして、リーナって呼んで」
リーナと名乗った黒髪の女はスウェルにぱっと右手を差し出した。無駄の無い動きで、重苦しい雰囲気のリーナは自信満々の大きな瞳でスウェルを真っ直ぐ見つめた。
そんなリーナをスウェルは少し疑ったようすでその手を握り
「スウェルです、よろしく」
と言った。声は少しトーンの低い、暗い声だった。
大統領はそんなスウェルを見て
「大統領のリチャード・エアロンだ、よろしくね」
とにっこりと笑った。
「大統領?」
「つい三年前になったばっかりだけどね」
 そう言ってにっこりと笑った大統領にとてもさわやかな印象を受けた。
そういえば、昔の大統領制はそんなに長い間大統領はやっていなかったらしいが最近は寿命も長くなった分、一人が大統領をやっている期間が長くなった。平均して10年くらいだろうか、でも駄目な奴はたったの二週間でやめたなんて事もあったが。任期とか、そういうややこしいものはなくなったし……。
目の前でにこにこしている大統領は茶色の髪で、カッコ良くセットされたちょっと長めのショートカットがとてもよく似合うカッコいい男だった。写真の中で笑っていた時と同じ、恥ずかしそうににっこりと笑う所がさわやかだ。
「あの、前からずっと気になっていたんですけど」
突然スウェルがそう言って、少し顔を上げた。鋭い大きな青い目が大統領を捕らえた。恐ろしいほど冷たく感じるスウェルの顔を黙って見つめていると大統領がにっこりと笑って
「何?」
と呟くように言った。柔らかい声だった。
「どうして大統領になったの?」
「え〜、知りたい?」
「ぜひ」
大統領は嬉しそうに笑ってポケットからボロボロの写真を出した。紛れも無い、アレックスの部屋に飾ってあった写真と全く同じ物だ。
「この人達の為に、ブラックスピリッツを無くそうと思ったから」
スウェルとレオンとリーナは写真を覗き込んで
「これ、アレックス?」
とほぼ同時に尋ねた。
「それは教えられませ〜ん♪」
ふざけた調子で笑った大統領はアレックスの隣りの銀髪の女の人を指差して
「でも、この人はアレックスの彼女だって事は教えてあげる」
と笑った。
銀髪の女の人はとても優しそうだった。ちょっとくせ毛の髪が可愛らしい。大きな青い目が真っ直ぐカメラを見ている。
「え? 嘘ぉ?」
素っ頓狂な声を上げたリーナに向かって大統領はにっこりと笑って
「ホントだって、リンって名前で今もかなり仲良しなんだよ」
「結婚してないって……」
「だって、正式に付き合ってた訳じゃないもん。お互い片思いのままでケンカ別れしちゃったから」
この人、一体何処まで知っているんだろうと思いながら、オレはその写真をじっと見つめた。
「これ、大統領?」
レオンがそう言って、アレックスの隣りの男を指差した。
「そうだよ」
「この他の人達は?」
「それも教えられませ〜ん♪」
大統領はそう言ったが、オレは知っていた。そこそこ有名なバンド、HORIZONのメンバーだろう。そう、アレックスの写真には書かれていたのだから。

結局、仕事は何事も無く終わった。
どうやら大統領を護衛するという仕事だったらしい。レオンが嬉しそうな顔をしていたのも何となく分かる。大統領はいい人だし、人も殺す必要は無いし、車に乗って大統領に付いて行くだけの簡単な仕事だったから。
スウェルも大統領の人柄が好きになったらしく、帰りには笑顔で凄く楽しそうだった。スウェルが笑顔だと本当に嬉しい。こういう仕事ばっかりだったら、『ブラックスピリッツの暗殺者』でもスウェルも幸せに暮らせるのになぁと思う。まあ、人生ってそんなに甘い物じゃないんだけどな。
そうは思いながらも、オレは幸せそうに笑ったスウェルの後ろをふよふよと追いかけながら、ほっとした様子レオンに向かって笑った。
「あの時、ガキって呼んで悪かったな。スウェルとずっと仲良くしてくれよ」















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