第十一章 本当の幸せ




 ジェーンは俺を見つめて
「何か、聞いたか?」
と尋ねた。
俺は少し考えた。いろんな事を言っていてよく覚えてはいない。確か、“ジェネシス”ってレオンの事を呼んでいた事と、“テグシール”って名前が出て来た事、あと、レオンがキルを嫌っていて、兄弟なんだって事だ。
「“テグシール”とか、“ジェネシス”とか、言ってた」
「はあ?」
俺は何となく覚えている事を全部ジェーンに話した。俺、頭だけは天才的に悪いからほとんど覚えていなかったんだけど、何とか伝わってほっとした。
ジェーンはとりあえず、自分がたまたま部屋を通りがかって男を見た事、様子を伺っていたら逃げられた事、俺が聞いていたのと全く同じ事を聞いた事(嘘ばっかり)をアレックスに話すと言って部屋を出た。
どこからともなく現れたルイズスが
「ジェーン、一つだけ」
とジェーンを呼び止めた。
 どうやら、ジェーンはルイズスとも顔見知りらしい。コイツ、幽霊の友達ばっかり作っているんじゃないか? ルイズスと友達だなんて、羨ましいけど。
ジェーンは走りながらなんですか? とルイズスを見つめた。結構なスピードで走っているが、息は全く乱れていない。俺は幽霊なのにジェーンを追いかけるのがつらいのに……。
ルイズスは言った。流石は巷で歌姫と呼ばれるだけある。すごくきれいなよく通る声だった。ありとあらゆる人がその歌声にホレる筈だよなとまた思った。
「レオンって子、多分だけど“ホワイトグリフィン”って暗殺者の組織に連れ去られたと思う」
「どうして?」
「キルは“テグシール”の息子の一人で、弟を捨てて“ホワイトグリフィンの暗殺者”になったって言われてるから」
「あの〜、てぐしーるって何? 手櫛とシールが合体したのか?」
ジェラルドが俺に向かって真顔で説明を始めた。
「“テグシール”はゲート・オブ・ヘルの女の暗殺者だよ。それも凄腕の。噂じゃ一人娘しかいないって言われているけど、本当は他に二人の息子がいて、兄はキル、弟は“ジェネシス”って名前なんだよ」
「つまり、キルは暗殺者だって言いたいのか?」
「そういう事☆」
ルイズスは笑ってウィンクを飛ばすと、ジェーンに言った。
「わたしの知ってる限り、レオンって子、本当は“ジェネシス”って名前で、テグシールの息子の筈よ」
「レオンとキルは兄弟なのか?」
「そう、しかも、レオンはその血を受け継いでいて、ブラックスピリッツのA班重役をやってるのよ。上手く洗脳して働かせようって魂胆でしょ?」
ジェーンは不思議そうな顔をして
「どうして、そういう事を親友に話さないかなぁ?」
と呟いた。若干呆れているような口調だったけど、やっぱり親友だと思っているんだな。心配そうな顔をしていた。
アレックスの部屋の前では、ウィッシュが楽しそうな顔で笑っていた。スウェルが一緒に笑っている。
「何してるんだよ、二人とも」
「アレックスの彼女って人がっ」
スウェルは結局笑って何も言えなくなってしまった。ウィッシュはそんなスウェルの顔を見て吹き出して、お腹を抱えて笑い出した。二人がそんな調子で笑っているのを、ジェーンは無視してドアを凄い勢いで開けた。
「アレックス」
ドアの向こうでは銀色の髪の女の人が、アレックスに抱きついて
「帰って来てよ〜!!!」
と大声で喚いていた。その女の人には見覚えがあった。大統領が言っていたアレックスの彼女とかいう女の人だ。確かに仲が良い……。
「ジェーン、助けろ」
アレックスはそう言って、女の人を押し返した。女の人はそんなアレックスの首を閉めて
「リーダーが帰るって約束するまで、何処にも行かないからね」
と揺すぶった。青い顔をしたアレックスがその腕を握って
「リン、放せ、死ぬ」
と言ってはいるけど、
「嫌」
の一言で誤摩化されてしまった。
「緊急事態なんだけど……」
ジェーンがそう言って、ジェラルドの顔を見た。ジェラルドは大声で笑っていた。ルイズスはそんなジェラルドを見ながら、アレックスのすぐそばで笑っていた。
「そのまま話しちゃって」
女の人はそう言って、ジェーンに向かってにっこりと微笑みかけた。短い銀色の髪が揺れて、大きな緑色の瞳がジェーンを真っ直ぐ見つめた。
「レオンがさらわれた」
ジェーンは仕方がないかって顔でそう言った。
「おい、リン。本気で放せ」
アレックスは緩んだ腕を片手で捻り上げて
「何があったんだ?」
とジェーンを真っ直ぐ見つめた。乱れた髪を反対側の手で振り払って、すっと立ち上がった。
「レオンの部屋の前を通りがかったんだけど、誰かがレオンを背負って割れた窓から出て行ったんだ」
「その男、何か言ってたか?」
「一言だけ、レオンの事を“ジェネシス”って呼んでいた」
見事にジェーンは嘘を貫き、強い視線でアレックスを見つめた。ジェラルドが流石!と茶化すのが聞こえた。
「マズいな」
そう言って、アレックスは女の人を放り出すとジェーンの腕を引っ張った。
「ジェーン、適当に連れて来い。助けに行くから」
「私も行く〜」
「来るな」
アレックスはあっさりそういうと、部屋を出た。ジェーンを引っ張り出すと、女の人を部屋に残したまま、ドアを閉めて鍵をかけた。
「もう二度と出てくるな」
そう、子供みたいに言ったアレックスはジェーンの腕を引っ張って歩きだした。

その後すぐ、セシルとグレイとウィニットの三人を連れて、アレックスは少しの銃器と大量の銃弾を持って外にいた。ジェーンがウィッシュとスウェルを連れて部屋を出て来た。
「本当に来るの?」
「駄目かな?」
「殺し合い、嫌じゃないの?」
「そんなの皆でしょ」

そう言ってにっこりと笑ったスウェルを見て、俺はとても嬉しくなった。黙って頷いたウィッシュは少し心配そうだった。
「分かった、でも無理しないで♪」
「うん」
俺は黙ってそんな7人を見ながら、歩き始めた連中を追いかけた。ルイズスとジェラルドは俺に向かって言った。
「何かあったら呼べよ」
「見たくないと思ったら戻って来ていいんだからね」
 俺は黙って頷いた。

ついたのはゲート・オブ・ヘルにある大きな建物だった。どうやら、此処が“ホワイトグリフィン”とかいう組織の建物らしい。誰もいない、しんとした場所だった。
ウィッシュとジェーンが仲良くスウェルの手を引いて歩いているのを黙って見ながら、後ろを歩いているグレイは銃を握り締めていた。
「さてと、何処から行く?」
「何処でも」
「三つに別れよう、ウィッシュとジェーンとスウェルは裏から行け、セシルとウィニットは外で騒ぎを起こせ、私とグレイは正面からだ」
セシルとウィニットがにこっと微笑むのを確認すると、ウィッシュとジェーンとスウェルが頷くのを見た。
「じゃ、行こう」
アレックスは笑って駆け出した。
ウィッシュとジェーンとスウェルはアレックスとグレイが正面のドアから堂々と入って行くのを黙って見守っていた。何かあったら援護出来るのは三人だけだから、らしい。
グレイはアレックスが堂々と入って行く後ろを追って行った。早くも響く銃声の音にびくびくしていたが、グレイが何人かの敵を蹴っ飛ばし、外に放り出すと
「恨みはないんだけど、死にたくないから」
と呟くように言って銃を向ける。そんな冷たい表情に少し安心しながら、いつも以上に顔色が悪いから少し心配していた。
早速騒ぎを起こし始めたセシルとウィニットが、戦いながらケンカをしているらしい。酷い罵りあいが此処まで聞こえてくる。あの二人、結局は仲良しなのか?
ウィッシュとジェーンはそんな様子をしばらく眺めてから、こそこそと裏に回った。スウェルは大人しく二人についていく。俺は黙ってそんな三人の後ろを追いかけた。
中はまさにゲート・オブ・ヘルって感じに汚れていて、古めかしい作りになっていた。床板を踏みしめる度、ギィと音が鳴る。ベルモットもかなり古かったけど、此処まで酷くはなかったなと思った。
ウィッシュとジェーンは部屋のドアに耳を押し当てて、順番に中の様子を伺って行く。スウェルは黙って二人の間に立ち、しっかり見はっている。
「見つかったか?」
「全然」
そんな会話しか出て来ない。スウェルは心配そうな顔をしながらそんな調子のウィッシュとジェーンの様子をじっと眺めていたが、
「ねぇ、レオンはどうなるのかな?」
と突然、言って心配そうな顔で二人を見つめた。
ジェーンが少し躊躇いながら、ウィッシュを見る。こんな事を話してもいいのかな? という顔をしている。
ウィッシュはスウェルと同じような顔でジェーンを見ていた。ウィッシュには俺も、それを教えてくれたルイズスも見えていないのだ。知っている筈がない。
「アイツ、本当は天才暗殺者の息子らしい」
「はあ?」
ウィッシュがジェーンの肩を揺すった。恐ろしい目つきで、語尾に♪なんてついていない口調で言う。いつもの可愛らしい声は何処へやら、低く図太いドスの利いた声だ。
「何でジェーンが知ってるのにあたしが知らないの?」
「オレもついさっきまで知らなかった」
 ジェーンは悲しそうな顔をして、ウィッシュから目を逸らした。やっぱり言わなかったらよかったと後悔しているのだろうか、黙って顔を逸らしているジェーンはヤバいと小さく呟いた。
「何それ? どういう事?」
「オレもよくは知らねぇよ、ただ、そうらしいって事は聞いた」
スウェルはウィッシュとジェーンの間に割り込んで
「それで?」
とジェーンの目をじっと見つめた。ジェーンはまた目を少し逸らした。ウィッシュが顔を逸らしたままのジェーンの首を自分に向けさせた。 「アイツの事、洗脳して働かせようとしてるらしいぜ」
ウィッシュが突然吹き出した。
「なぁ〜んだ」
「はあ?」
スウェルとジェーンは不思議そうな顔でウィッシュを見つめた。
「それなら大丈夫、あんなに仲間思いなんだもん。そう簡単には洗脳されないよ♪」
スウェルとジェーンも頷いた。確かにそうだなぁと笑ったジェーンはスウェルの肩を叩いて
「そんじゃ、行きますか!」
と満面の笑みを浮かべた。

レオンは一番隅の部屋にいた。セシルとウィニットが大騒ぎしている声がよく聞こえる位置にある。廊下の窓からセシルが血塗れのワンピースでウィニットから逃げ出そうともがいているのが見えた。
スウェルはそんなセシルをちらっと見てから、二人を見た。
仲良く手を繋いでいるウィッシュとジェーンは少しだけ悲しそうな顔をしている。ジェーンがウィッシュの手をぎゅっと強く握り締めて、前を見据えた。とても強い眼差しでスウェルを見つめた。
「スウェル、せーので開けろよ」
 ジェーンは優しい口調でスウェルに言う。隣りで銃を握ったウィッシュはそんなジェーンの横顔をうっとりと見つめている。ウィッシュもジェーンも、本当に強いんだなぁと思った。
「分かった」
 スウェルのはっきりした返事が狭い廊下に響く。
「何かあってもオレが全力で守るからあきらめんなよ」
「分かった」
 ウィッシュがにこっと笑って、
「あたしも守って欲しかったなぁ♪」
と言ったけど、ジェーンは小さく笑って
「ウィッシュは守る必要、全くないから大丈夫」 と囁いた。
それからすぐ、スウェルはドアノブに手を掛けた。俺はジェーンに向かって
「絶対スウェルに怪我させるなよ」
と言ったけど、完全に無視された。
ドアが開くと、ウィッシュは中に乗り込んで行って銃を構えた。部屋の隅に踞っているレオンの背中が見えた。スウェルは迷わずその背中に向かって駆け寄った。
ジェーンはその隣りにしゃがんで
「スウェル、おんぶとか出来るか?」
と尋ねたが
「絶対無理、あたし力がないから」
とあっさり断られた。
「ウィッシュは?」
「ヤだ、ジェーンがおんぶでしょ?」
 ウィッシュはジェーンに
「これでも一応スナイパーなんだからね、あたしがスウェルとジェーンを守って行くから」
と言うと、きびすを返してドアを見た。今すぐその場を離れようとしていたのに、ウィッシュは動かなかった。ぎょっとした顔でドアを真っ直ぐ見つめている。
俺は振り向いた。
其処に誰がいるのかを確認しようとして、だ。俺と同じようにスウェルのジェーンも振り向いた。そして、ぎょっとした顔をしたのだった。
ドアの前にはあの時の男が立っていた。そう、裏切り者の男が。
「あれ? スウェルちゃん」
「キル……」
スウェルはそう囁くような小さい声で言った。
 ウィッシュとジェーンがスウェルとキルを見つめる。でも何も言わず、静かに二人を見ている。静かに重々しい空気が漂う。時間だけが過ぎて行く。
「ヴァル兄だけじゃ殺し足りないのかな?」
「うるさい」
 ジェーンが立ち上がって、キルに向かって銃を向けた。スウェルを守るように、しっかりと両足で立ちウィッシュとスウェルに背中を向けている。
「お前、誰だよ?」
「そんな事よりジェーン君、お兄ちゃん殺したんだって?」
ジェーンが急につらそうな表情を浮かべた。
「黙れよ」
「忘れられる筈ないよね、あれだけ返り血浴びたんだもん」
ウィッシュが今度はジェーンの隣りで銃を持ち上げた。鋭い視線をキルに向け、冷たい銃口を迷う事なく奴の心臓に向ける。
「あたしのジェーンに酷い事言わないでくれる?」
 ウィッシュの優しい真っ直ぐな声が部屋に響く。ジェーンはつらそうに歯を食いしばって、銃を握り締めている。
「ああ、ウィッシュちゃん。君って本当に可哀想だよね。母親に捨てられたような子、誰も本気で好きになってくれる筈ないでしょ? いい彼女が見つかるまでの彼女でしかないのにね」
「そんな事ねぇ、オレはウィッシュが好きだもん」
ジェーンがはっきりとそう言って、ウィッシュの肩をぎゅっと抱きしめた。スウェルが悲しそうな顔でそんな二人を見つめている。
「ジェーン君みたいな男、信用出来るのかなぁ? 兄を地雷で吹っ飛ばして殺し、一人だけブラックスピリッツで幸せに暮らしてるんだよ? そんな男の事、信用出来るのかな?」
「ウィッシュもジェーンもそんな酷い事しない」
 スウェルはそう言って、二人の背中を軽く叩くと前に出た。茶色の髪が少し揺れた。
「スウェルちゃん、ヴァル兄の事で懲りたんじゃないの? 人なんて心の中では何を考えているのか分からないのに」
「兄貴は心からそう思っていた訳じゃない」
「そんな事、誰に分かるのかな? 自分の手で殺したのにね」
スウェルは黙ってしまった。悲しそうな顔で立ち尽くし、俯いた。俺はそんなスウェルを見て胸が苦しくなった。ジェーンに向かって
「そんな事、俺は思ってねぇ」
と言ったが、ジェーンは既に泣いていた。俺の話は全くと言っていいほど聞いていない。
「ジェーン」
ウィッシュがジェーンをそっと抱きしめたが、ジェーンはとうとう座り込んでしまった。それにつられてウィッシュも一緒に座り込んだ。
「ウィッシュちゃん、まだ分からないのかなぁ? ジェーン君は君の事を本当に好きじゃないんだよ」
ジェーンは何も言わずに耳を塞いでしくしくと泣いている。俺は黙ってジェーンの髪を引っ張ったが、ジェーンは俺の手を振り払っただけで結局何も言わなかった。
「おい、しっかりしろ! 口から出任せに決まってんだろ」
「うう……、兄貴っ」
弱々しい、ジェーンの涙声だけが帰ってくる。酷く震えている手をそっと握ったが、ジェーンは何も言わない。
本当にジェラルドの事を気にしていたんだ。自分がジェラルドを殺したんだと、そう思っているんだろう。ジェラルドにも隠して、ずっと一人で悩んでいたんだ。そう、初めて気がついた。
ジェーンはどうにもなりそうにないと、俺は振り向いた。せめてスウェルかウィッシュに何か伝えられたらと思ったのだけど、二人には自分が見えていない。伝えたい言葉も届かない。セシルとウィニットはまだケンカしているみたいだし、アレックスとグレイは何処にいるのか分からないし、俺には何も出来そうにない。
「おい、ジェーン」
ジェーンは俺の声を全く聞こうとしない。耳を両手で塞いで、頬をぐっしょりと涙で濡らす。その涙をそっと拭って、両手を掴むと
「おい、聞け」
とジェーンに向かって怒鳴った。ジェーンは少し顔を上げて俺を見たがまだ泣いている。
「ジェラルドはお前が殺したんだなんて思ってない、ジェラルドはお前を守って死んだんだ。殺されたんじゃない」
「兄貴は……オレが」
「お前はジェラルドを殺してない、しっかりしろ〜!!!」
ジェーンは泣きながら俯いて、嗚咽を上げた。
その時だった。耳元で声が聞こえた。聞き覚えのある優しい声だ。しっかりとした、鋭い声でもある。
「ジェーン、銃をよこせ」
隣りにいたのはレオンだった。さらっと揺れたつやつやの髪の下で恐ろしいほど、強い目を見開いているレオンが、ジェーンの肩を叩いていた。
レオンは何も言わずに嗚咽を上げたジェーンの腰にぶら下がっていた大きめの拳銃を引き抜くと、
「キル、いい加減にしろよ」
と冷たい声を浴びせる。
「“ジェネシス”、お前は本当に分からない奴だなぁ」
「それはお前だろ。人を傷つける言葉しか知らない、可哀想な奴だ」
キルは少し黙って、最新型のレーザー銃を握った。レオンと同じ、さらさらの髪が揺れた。レオンをじっと睨みつける目は、少し悲しそうな色をしていた。
「まさか、この手でお前を殺さないといけないとは」
 そう言ったキルは握った銃を持ち上げて、レオンに向ける。
「銃を捨てろよ」
冷静にレオンはそう言って、がたがたと震えているウィッシュの前まで出る。
「“ジェネシス”、お前は分かっていない。これは最新型のレーザー銃だ。オレの意思だけでレーザーが出る」
「だったら何だよ」
「捨てた所で意味はない」
レオンは小さく鼻で笑った。
「此処にいるのが全員『ブラックスピリッツの暗殺者』だって忘れてるんじゃないか?」
「お前こそ、その暗殺者が皆立てないほど泣いているって事を忘れてないか?」
キルはそう言って、スウェルに向かって銃を向けた。
「お前を傷つける気はないが、他の連中には用がないんだ。スウェルちゃんはお前を誘い出す為の道具でしかない、今度はお前を殺す為に利用させてもらうよ」
 スウェルは涙でぐちゃぐちゃの顔を少し上げて、キルの声がする方を見る。きっと見えていないのだろう。きょろきょろと辺りを見回すが、焦点はあわない。
「“ジェネシス”、銃を捨てろ」
レオンは躊躇う事なく、銃を放り投げた。なぜか、その銃は床を滑って、泣きじゃくるジェーンの足下に落ちた。キルは今のジェーンに銃を握る事なんか出来ないだろうと、それ以上何も言わなかった。
俺はまたジェーンの前にしゃがみ
「おい、しっかりしろ! チャンスだろ?!」
と言ったが、ジェーンは顔を背けてしまった。
ジェラルドを呼びに行っている間にスウェル達は殺されてしまう。だからって、今の俺には何も出来ない。俺がちゃんと生きていたらあんな裏切り者、やっつけてやるのに。今度こそスウェルを大切に守り抜いて、幸せだってスウェルが笑うのを見届けてから死ぬのに……。
俺は黙って前を見つめた。
ウィッシュとジェーンは座り込んだまま泣いている。ジェーンがそんなウィッシュをそっと抱きしめて、大丈夫だって囁いたらウィッシュは元気を取り戻すだろうけど、ジェーンは俺の声も聞こえないような状態だ。
俺は思い切って、ウィッシュの前にしゃがんだ。
幽霊だったらポルターガイストを起こせるだろ? ウィッシュの耳に少しでいい、聞こえるように。
「ウィッシュ、お前はそんなに弱くないだろ?  好きなんだったらジェーンの事を信じろよ。ジェーンが本当に他の女を見つけるまでの彼女だとしか思っていなんだったらいつもと同じように殴り飛ばせよ」
震えているウィッシュの手をそっと握ろうと集中するけど、やっぱり握る事は出来ない。声も届いているようで届いていない。スウェルが正気に戻ったって、ウィッシュやジェーンとは違う。やっぱり、二人のうちのどちらかじゃなくちゃ……。
「ジェーン、しっかりしろよ!!」
その時だった。キルはスウェルに銃口を向けたまま、
「悪いけど、君にもう用はない。ヴァル兄によろしくね」
と呟き、引き金を引いた。
俺は思わず目を逸らした。自分の妹分が目の前で死ぬのなんて見たくない。大きな銃声が部屋に響く。鼻を突く硝煙の匂いにスウェルが胸から血を流す姿を容易に想像出来た。
でも、銃声の後に聞こえたのはスウェルの呻き声ではなかった。低い、男の声だ。
俺はゆっくりスウェルのいる場所に目をやる。辺りに血だまりが広がって行く。でも、その血はスウェルのものではなかった。
「ジェーン」
つらそうな声でジェーンの名前を呼んだのはレオンだった。髪を赤く染める自分の血に構う様子もなく、スウェルの前に座り込んでいるレオンは強い目でキルを睨みつけていた。
「レオン?」
消えそうなスウェルの声が聞こえた。目の前で血が溢れ出す腹を押さえるレオンの背中をじっと見つめている。スウェルの足下は真っ赤に染まった。白いミニスカートもレオンの血でぐっしょりと濡れていた。
「ジェーン、しっかりしろよ。お前、やっぱりカッコ悪い!!」
そう怒鳴ったレオンは後ろをちらっと振り返り、涙を拭ったジェーンの顔を真っ直ぐ見つめていた。そして次の瞬間には、レオンは銃を握り締めて
「確か、その銃は一回使ったら次に使えるようになるまでに時間が掛かるんじゃなかったっけ?」
とキルに笑ってみせた。そして銃口をキルに向けて
「死ぬ前に言い残したい事は?」
と囁くような優しい口調で言った。
キルはレオンを真っ直ぐ見つめた。
「お前は弱い……」
「またそれか? 聞き飽きるほど聞いたよ」
「所詮何も出来ずに泣く事しか出来ないのに」 「そうだよ、オレは弱いし何も出来ない。でもウィッシュもジェーンもスウェルもいる、だからいい」
レオンは満足そうに胸を張ると
「じゃあな、兄貴」
と言って引き金を引いた。
 ドンと鈍い音が響いた。レオンの握る銃から硝煙が立ち上り、目の前に立っていたキルの額から血が流れ出した。キルが最後にレオンを見た時、目はとても冷たく鋭かった。何処か悲しそうな色を帯びた真っ直ぐレオンを見つめる、そんな目だった。
 銃を下ろしたレオンは悲しそうな表情で、腹を押さえつけていた。きっと、腹よりも兄貴を殺したって事が一番痛いんだとは思うんだけど。
「おい、大丈夫か?」
いつもよりちょっとだけ目が赤いジェーンはレオンの前にしゃがんだ。
「痛い、死ぬかも……」
「お前は死んでもこの世に送り返されるから安心しろ」
そう言ってジェーンはレオンの腹に手を当てた。
「痛い、触んな」
「じゃあ、出血多量で死ぬか?」
「それは嫌だ」
「だったら暴れるな」
ジェーンはポケットから包帯を出して、慣れた手つきでそれを腹に巻き付けた。ガーゼをレオンに押し付けて
「自分で押さえてろ」
と冷たく言ってから、スウェルとウィッシュの前にしゃがんだ。
「ウィッシュ」
ジェーンは腹を抱えているレオンと俺が見ている事も気にせず、ウィッシュを抱きしめて口唇にキスをした。しかもかなり長い。出来れば俺のスウェルの前でしないで欲しかったんだけど、今のウィッシュはそうでもしなくちゃ泣き止みそうになかった。一番好きな、ジェーンのキスじゃないと……。
「ゴメン、守るって約束したのに……」
そう言って、ウィッシュを強く抱きしめるジェーンの背中はいつもより少し小さく見えた。その腕の中でぱっちりと目を開けたウィッシュの涙は止まっていた。
「オレ、ウィッシュを守る事も出来ないほど弱くて、結局泣いてる事しか出来なかった」 「ジェーン、馬鹿じゃないの?」
ウィッシュはそう、はっきり言った。ショックを受けたのだろうか、暗い顔でウィッシュから離れたジェーンは俯いていた。
「あたしがあれくらいの事で傷つくと思った?」
「……思った」
「あたしはジェーンの事、信じてたよ。だから謝るのはやめて♪」
いつものウィッシュだった。にっこりと微笑んだウィッシュは、そっとジェーンの頬にキスをして
「泣かないの♪」
とぽろぽろと泣いていたジェーンの髪を撫でた。セットが乱れてぴょっこりと立った前髪にウィッシュは優しくキスをした。ジェーンは恥ずかしそうに前髪を押さえていた。
「なぁ、邪魔して悪いんだけどさ、オレ、死にそうなんだけど」
レオンがそう言って青い顔をしているのを見たウィッシュは笑って、レオンに手を差し出した。
「立てそう?」
「無理」
「男だったら立て」
「無茶言うな」
ジェーンは嬉しそうに笑ってスウェルに手を貸し
「ウィッシュがチューしてくれた♪」
と微笑んでいた。ウィッシュと同じ、語尾に♪のついた口調だった。









55 STREET / 0574 W.S.R / STRAWBERRY7 / アレコレネット / モノショップ / ミツケルドット