第九章 兄は裏切り者の暗殺者




その日の夜、スウェルが凄く早い時間に寝て、つまらないからうろうろする事にした。深夜になってもやっぱり起きている人が何人かいるから、そういう人が何をしているのか覗く事にした。
セシルの部屋はスウェルの部屋の隣りだったから一番始めに見たら、とうの昔に寝ていたらしい。幸せそうな顔をしながら、ぬいぐるみを抱きしめて眠っている。そのそばでウィニットが黙って寝顔を眺めていた。
彼女はブラックスピリッツの天才暗殺者だけど、心がない訳じゃない。何処までも冷酷な暗殺者って訳でもない。何処にでもいる、普通の女の子なんだよな。
邪魔するのはやめよう(どうせ見えていないから邪魔してはいないんだけど)と、俺は部屋から出た。レオンの部屋の様子を何となく見てみようと思ったんだけど、其処で俺はとんでもないものを見た。
レオンは部屋で静かに勉強をしていた。ぱっと見た所、数学だろう。数字がたくさん書いている。でもレオンは突然その勉強を中断して
「誰だよ、いるんだろ?」
と言った。一瞬俺かと思って、レオンの前まで行って顔を覗き込んだけど、レオンは俺を全く見ていなかった。ちょうど俺の後ろ、分厚い防弾ガラスを見ている。
「流石だな、ジェネシス」
低めの声が聞こえた。防弾ガラスのすぐ近くから小さな人影がゆっくりと出てくる。全く気がついていなかった俺はぎょっとして、それを見つめた。
男だった。レオンと同じ黄色人種の男。髪は茶色とオレンジの中間の色、瞳は大きな青色、優しそうな表情。レオンに何処か似ている。それに、俺はこの顔に見覚えがあった。借金をして逃げた仲間のキルだ。
ところで、ジェネシスって一体誰の事だ? レオンの事を勘違いでもしているのか? それとも、偽名?
「『ブラックスピリッツの暗殺者』を名乗るだけの事はあるじゃないか」
「……何しに来た」
「お前に用がある」
「警報、鳴らそうか?」
「その必要はない」
キルは黙ってレオンの顔をじっと見つめた。ゆっくりとレオンに近づくにつれ、どういうカッコなのかが分かってくる。手には大きな新型レーザー銃を持っている。上半身は真っ黒な防弾加工済みのシャツ、背中には大きなライフルを背負っている。足下は暗く、まだよく分からない。
レオンはそんなキルを見た瞬間、机の上の銃を握った。銀色の銃身に茶色く乾いた血が付いているのが見える。
「お前は弱い、俺に銃を向ける事が出来ない」
「黙れ、お前なんか兄じゃない」
キルがレオンの兄? 顔が何となく似てるのはそのせいか? それでもおかしい、キルは何でも屋の筈。ただの何でも屋がゲート・オブ・ヘブンのブラックスピリッツに来られる筈がない。しかも借金を俺に払わせて逃げた何でも屋なのに、だ。
「そんな事を言っても仕方がない事くらい分かっているだろう? 過去を変える事は出来ない。」
つらそうに銃を握り締めたレオンは、じっとキルを睨みつけると
「黙れ」
と消えそうな声で言った。声が小刻みに震えている。膝がガタガタと震えているいる所が見えた。どうやら、相当キルの事で嫌な思い出があるらしい。それこそ、トラウマみたいな……。
「ジェネシス、お前はいつまで経っても弱いままだな」
「うるさい、お前なんかにわからねぇだろうけど、少しは成長したんだよ」
「今にも泣き出しそうな顔をして、そんな戯れ言を言った所で何が変わる?」
「黙れ……」
レオンは大きく深呼吸をしながら俯いた。片手で握っていた銃を両手で握り締めたが、手が震えていて照準はあわない。あったとしても、ほとんど泣いているに近い状態のレオンにはキルの姿が涙で滲んで見えていないだろう。
「所詮お前は“テグシール”の名前だけしかないんだ。どれだけ努力しても、心を殺しきる事は出来ない。ジェネシス、お前は弱いんだ」
レオンは銃を落っことした。
俺はとにかくジェーンを呼びに行こうと思ってジェーンの部屋の方向を見る。最後にもう一度振り返った時、レオンは座り込んで泣いていた。ガタガタと酷く震えながら。

ジェーンは部屋でジェラルドと話をしていた。俺はジェーンの髪を引っ張ると
「レオンの部屋に変なのが!!」
と言ったのだが、ジェーンは、はぁ? と鬱陶しそうな顔をしただけだった。
「落ち着いて、ゆっくり言ってみ」
ジェラルドはそう言って俺の肩をぽんぽんと叩いた。俺は一度深呼吸をしてから
「レオンの部屋にキルっていう、俺を裏切った何でも屋がいる」
と何とか言った。ジェーンは笑って
「レオンは何でも屋なんかに負けないよ」
とベッドに寝そべって、枕をかぶった。
「オレは兄貴以外のオバケと話したくねぇ」
「緊急事態だって、レオンが泣いてる!!」
「はぁ?」
「キルがちょっと何か言っただけで泣いたんだって!!」
ジェーンは枕を放り投げると立ち上がって
「嘘だったら霊能力者とかいうの呼んで、除霊してもらうからな」
と呟き、部屋を出た。
レオンの部屋に辿り着いてみると、レオンはキルに抱えられていた。意識はないらしい、ぐったりとしていて顔色はかなり悪い。頬が濡れているのが何となく分かった。
「ほら、言っただろ?」
「嘘だろ?」
ジェーンはドアを開けて窓に向かって走ったが、キルは先に窓ガラスを割って其処から消えていた。最後にキルはにやりと微笑んで、レオンを抱え直してから窓から外へ飛び出していた。
防弾ガラスだった筈なのにどうやって割ったんだろうと思いながら、ガラスと一緒に外へ消えたキルを探した。レオンはキルに抱えられたまま外の闇に紛れてしまっていた。見回したが、何処にもいなかった。
「ブラックスピリッツに忍び込んだ上にアイツを攫うなんて……」
 ジェーンは途方に暮れたような顔をして、そう呟いた。















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