プロローグ




俺はなぜだかふわふわと宙に浮かんでいた。
足下には化学物質に覆われた地面が見えるが、決して触れる事は出来ない。足をつけようとすると通り抜けてしまう。その感覚は何処か冷たく、嫌な感じがした。
俺は死んだのか?
まず始めにそう思った。そうじゃなかったら一体どうして俺は宙に浮いているんだ? 不自然だろう?
俺は自分に尋ねた。
でも答えとなるような事は思いつかない。
ぐだぐだ考えるのはやめよう。とりあえずヒントになるような物を見つけるのが賢いやり方じゃないか、ヴァル。俺は自分にそう言い聞かせ、少し上に向かって飛んでみようと意識を集中させる。
意外とあっさり、自分は移動する事が出来た。何も難しい事ではなかった。自分が歩こうとするのと同じで、そう思うだけで好きなように動く事が出来る。
俺は辺りを見回した。
薄暗く、体が不安定に浮き沈みするが、目が慣れてくると其処がどんな場所なのかがすぐに分かった。
其処は俺が誰よりもよく知っている場所だった。自分の経営する何でも屋“ベルモット”という店のロビーだったからだ。
店内はいつもと同じように薄暗く、床は血で真っ赤に汚れていた。入り口の近くに置かれた小さなテーブルの裏で、自分が胸から血を流し、死んでいるのが見えた。他の机やソファーの裏でも仲間達が同じように死んでいて、壊れたジュークボックスから弱々しい音で“ローズレッド”というバンドの曲が流れていた。
俺の死体のすぐ近くには茶色の髪の女の子が座り込んでいて、手を真っ赤に染めて泣いている。見覚えのある女の子だ。そのすぐそばで、砂色の髪の男の子がおろおろしながら女の子を見つめている。彼の手には大きな拳銃が握られていて、水色のTシャツは返り血で汚れていた。
女の子は大きな青い瞳に、赤いポリエステルのぴったりした上着、短めの白いミニスカートのカッコだった。耳につけている薔薇のピアスには見覚えがある。
名前がなかなか思い出せない。
何だったっけ? 凄く必死になって思い出そうとするけど、なかなか思い出す事が出来ない。俺が名前をつけた、可愛い妹分だ。分かっているじゃないか、どうして思い出せないんだろう?
すると男の子は悲しそうな顔をして
「スウェル、もう行こう」
と言った。小さくて、悲しそうな声だった。
そうだ、スウェルだ。俺の可愛い、たった一人の妹分。孤児院から脱走して、ゲート・オブ・ヘルのスラム街で泣いていたのを俺が拾って此処に連れてきたんだ。どうして忘れていたんだろう?
「うん」
スウェルは男の子にそう返事をすると、男の子に抱えられて店を出て行った。頬をぐっしょりと涙で濡らしていて、とてもじゃないが見ていられなかった。
俺は自分の死体を覗き込んだ。本当は怖かったのだが、見なくちゃ後悔するような気がしたのだ。でも安心した。少し嬉しそうな顔をして、自分は死んでいた。とても幸せそうに、安らかそうに、自分は目を閉じて死んでいたのだ。

そうだ、俺はスウェルに殺されたんだ。

ふっと記憶が蘇って、俺は目を閉じた。瞼に焼き付いている悲しそうなスウェルの顔。向けられた冷たい銃口から立ち上る硝煙、そして小さな宝物のピアスの事。
そうだあの時、俺がスウェルにあんな事を言ってしまったから。そうだあの時、俺がスウェルを傷つけたから。だから俺は死んでいるのかと。










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